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老人の喜びは語り合い
1.六郷町の老婆-01P 97qt
写真1 秋田県にて
2.老人-04P 88q
写真2 香川県にて

何時の頃からか老人を高齢者と呼ぶようになりました。名前を変えても老人は老人であり、年老いた人々のことです。老人という言葉が嫌われたのは、老人ボケと言うようにボケと結びついているからでしょう。

西鶴は老いれば恥多しと言いましたが、荘子にも「寿(いのちながければ)辱め多し」と述べています。更に、徒然草で兼好法師は「四十路にならぬほどにて死ぬのが程よい」とまで言いました。古人は、それ程までにボケを嫌ったのです。ボケが何故嫌われるか言うと、他人に迷惑をかけながら迷惑をかけたことが分からなくなるからです。

その意味では、若年にも壮年にもボケた人は結構います。ボケは他人に迷惑を掛けるだけでなく、本人も不幸です。ボケた人には人生の喜びが分からないからです。ボケても自分は幸せだと思う人は単なる独りよがりで、本当の幸せな人ではありません。

幸せな生活とは、毎日喜びを感じられる生活です。仕事をしている人は仕事をする中で喜びを発見しますし、仕事から引退した人でも仕事以外の趣味や社会奉仕に喜びを発見します。

更には、仕事や趣味や社会奉仕を離れても、人々は友達や知合いと語り合い、自分の経験を分かち合い、互いに勇気づけ、慰め合うことで喜びを感じることができます。人生経験の豊かな高齢者は、互いに語り合うことによって、これまでの経験を分かち合えるのです。

元気で働いていたとき、一人で趣味に打ち込んでいたときも喜びはありましたが、年老いて親しい友や知人と語り合うことは、他人の体験や考えを共有できる良い機会であり、一人では到底達成できない、もう一つの人生を生きることになります。

二枚の写真は、第一は秋田県の農村で、第二は香川県の高松城で見かけた情景です。楽しい会話が聞こえてくるようです。
(以上)
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【2020/02/24 10:41】 | 人生 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
Re: タイトルなし
> いい年をとりたいです。
> まだ自分では老人という感覚がありませんが
> 役所からは後期高齢者の保険証が届きました。
> 明日は免許証の認知症機能検査を受けに行きます。
> 周りがどんどん老人を押し付けてきます。(笑)

乗り物で席を譲られて戸惑い、老人と見られる歳になったと悟りました。
敬老を素直に受け入れるのに少々時間がかかりました。
敬老を敬遠などと拗ねては駄目ですね。
【2020/02/24 18:34】 URL | wakowphoto #-[ 編集] | page top↑
いい年をとりたいです。
まだ自分では老人という感覚がありませんが
役所からは後期高齢者の保険証が届きました。
明日は免許証の認知症機能検査を受けに行きます。
周りがどんどん老人を押し付けてきます。(笑)
【2020/02/24 14:28】 URL | yosshy #-[ 編集] | page top↑
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