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代々木八幡宮の例大祭
1.代々木八幡:初詣-38D 1901qr
写真1 代々木八幡宮の森 元旦の初詣風景

2.代々木八幡古代住居跡-03D 1701q
写真2 代々木八幡古代住居跡

3.代々木八幡神社:例大祭-05N 1909q
写真3 代々木八幡宮例大祭 参道口

4.代々木八幡神社:例大祭-08N 1909q
写真4 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

5.代々木八幡神社:例大祭-10N 1909q
写真5 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

6.代々木八幡神社:例大祭-14N 1909qt
写真6 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

7.代々木八幡神社:例大祭-25N 1909qr
写真7 代々木八幡宮例大祭 境内は参拝者で埋まる。

8.代々木八幡神社:例大祭-20N 1909q
写真8 代々木八幡宮例大祭 宮入りした神輿

9.代々木八幡神社:例大祭-31N 1909q
写真9 代々木八幡宮例大祭 本殿前の参拝風景

私の鎮守様は代々木八幡宮です。
代々木八幡宮は、その創建が鎌倉時代に遡る古い由緒ある神社です。
頼朝の長男、頼家が修善寺で暗殺された(1204年)後、武蔵野国の代々木の野に隠遁していた頼家の家来の荒井外記智明は、鶴岡八幡宮の託宣を受ける夢を見て、建暦2年(1212年)9月23日、この地に小祠を建て鶴岡八幡宮より勧請を受けて代々木八幡宮としたのです。

鶴岡八幡宮は鎌倉八幡宮とも呼ばれ、鎌倉武士の守護神であり、鎌倉初代将軍源頼朝ゆかりの神社として関東方面では知名度が高かった神社でした。代々木八幡宮は創設の経緯からみて、その鎌倉八幡宮の直系の神社のひとつです。

代々木八幡宮の境内は、小高い丘の上にあり、鬱蒼とした木々に囲まれていて、都市化が進む都内では珍しく神社らしい雰囲気に満ちた神社です。正面の鳥居がある山手通り側から見ると、小山の上にある境内はこんもりした森に包まれていることが分かります。
(写真)1)

時代を遡りますと、縄文時代にはこの高台に縄文人が定住していました。戦後に発掘調査が行われて、縄文時代の竪穴式住居跡が発見され、「代々木八幡遺跡」として境内に保存されています。
(写真2)

代々木八幡宮の例大祭は、現在でも創建日と同じ9月23日に毎年盛大に執り行われます。新年の初詣の三元日は、長い参道にも拘わらず、参拝者の列が境内の外にまで延びて、神社の前の山手通りにまで行列ができますが、、例大祭の日は境内の中に人が溢れて、身動きが出来ない程になります。長い参道の両側には参拝者相手の屋台が隙間なく店を張ります。参拝者は大人も子供も屋台での買い物を楽しんでいます。
(写真3、4、5、6、7)

参拝するため本殿に近づいたとき、丁度、町内の神輿が一つ宮入したときに遭遇しました。神社本殿の前は神輿を担ぐ人とそれを見る人が集まっていて動きがとれない程でした。一般の参拝者は、神輿が神主からお祓いを受けて本殿前を立ち去るまで、立ち往生でした。お祭りの日の神社の境内は、また特別の熱気に溢れる場所になります。
(写真8、9)

最後に、直木賞作家の平岩弓枝氏は代々木八幡宮の一人娘であることは文学好きの人の間では知られていますが、平岩弓枝氏のお嬢様が代々木八幡宮で神職に従いておられることは、知る人は少ないでしょう。氏子の私は、神主のお嬢様に新年のお祓いをして頂いた事があります。
(以上)
1.代々木八幡:初詣-38D 1901qr
写真1 代々木八幡宮の森 元旦の初詣風景

2.代々木八幡古代住居跡-03D 1701q
写真2 代々木八幡古代住居跡

3.代々木八幡神社:例大祭-05N 1909q
写真3 代々木八幡宮例大祭 参道口

4.代々木八幡神社:例大祭-08N 1909q
写真4 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

5.代々木八幡神社:例大祭-10N 1909q
写真5 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

6.代々木八幡神社:例大祭-14N 1909qt
写真6 代々木八幡宮例大祭 参道の賑わい

7.代々木八幡神社:例大祭-25N 1909qr
写真7 代々木八幡宮例大祭 境内は参拝者で埋まる。

8.代々木八幡神社:例大祭-20N 1909q
写真8 代々木八幡宮例大祭 宮入りした神輿

9.代々木八幡神社:例大祭-31N 1909q
写真9 代々木八幡宮例大祭 本殿前の参拝風景

私の鎮守様は代々木八幡宮です。
代々木八幡宮は、その創建が鎌倉時代に遡る古い由緒ある神社です。
頼朝の長男、頼家が修善寺で暗殺された(1204年)後、武蔵野国の代々木の野に隠遁していた頼家の家来の荒井外記智明は、鶴岡八幡宮の託宣を受ける夢を見て、建暦2年(1212年)9月23日、この地に小祠を建て鶴岡八幡宮より勧請を受けて代々木八幡宮としたのです。

鶴岡八幡宮は鎌倉八幡宮とも呼ばれ、鎌倉武士の守護神であり、鎌倉初代将軍源頼朝ゆかりの神社として関東方面では知名度が高かった神社でした。代々木八幡宮は創設の経緯からみて、その鎌倉八幡宮の直系の神社のひとつです。

代々木八幡宮の境内は、小高い丘の上にあり、鬱蒼とした木々に囲まれていて、都市化が進む都内では珍しく神社らしい雰囲気に満ちた神社です。正面の鳥居がある山手通り側から見ると、小山の上にある境内はこんもりした森に包まれていることが分かります。
(写真)1)

時代を遡りますと、縄文時代にはこの高台に縄文人が定住していました。戦後に発掘調査が行われて、縄文時代の竪穴式住居跡が発見され、「代々木八幡遺跡」として境内に保存されています。
(写真2)

代々木八幡宮の例大祭は、現在でも創建日と同じ9月23日に毎年盛大に執り行われます。新年の初詣の三元日は、長い参道にも拘わらず、参拝者の列が境内の外にまで延びて、神社の前の山手通りにまで行列ができますが、、例大祭の日は境内の中に人が溢れて、身動きが出来ない程になります。長い参道の両側には参拝者相手の屋台が隙間なく店を張ります。参拝者は大人も子供も屋台での買い物を楽しんでいます。
(写真3、4、5、6、7)

参拝するため本殿に近づいたとき、丁度、町内の神輿が一つ宮入したときに遭遇しました。神社本殿の前は神輿を担ぐ人とそれを見る人が集まっていて動きがとれない程でした。一般の参拝者は、神輿が神主からお祓いを受けて本殿前を立ち去るまで、立ち往生でした。お祭りの日の神社の境内は、また特別の熱気に溢れる場所になります。
(写真8、9)

最後に、直木賞作家の平岩弓枝氏は代々木八幡宮の一人娘であることは文学好きの人の間では知られていますが、平岩弓枝氏のお嬢様が代々木八幡宮で神職に従いておられることは、知る人は少ないでしょう。氏子の私は、神主のお嬢様に新年のお祓いをして頂いた事があります。
(以上)
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【2019/10/02 10:55】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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