FC2ブログ
世間を歌った演歌は世間の喪失と共に消える
                      ポスター-01D 06

多くの歌謡曲を作詞した阿久悠は、その著書「歌謡曲の時代」で次のように書いています。
「歌謡曲という言葉が使われなくなってから久しい・・・・俗説では、昭和の終わりとともに、平成の始まりと同時に消えたということになっている。」

そして続けて書いています。
「昭和と平成の間に歌の違いがあるとするなら、昭和が世間を語ったのに、平成では自分だけを語っているということである。それを「私の時代」と言うのかもしれないが、ぼくは、「私を超えた時代」の昭和の歌の方が面白いし、愛するということである。」

歌謡曲の内容が「世間」から「私」に変わったと言う阿久悠の指摘は、歌謡曲の変化を述べながら、社会の変化を語っているのです。人と人との関係を「世間」と言いますが、世間の人情が変わったのです。

日本人は昔から演歌が大好きでした。演歌と言えば、誰でも古賀メロディを思い出し、歌姫は美空ひばりを挙げます。その演歌には大衆の日常生活での人と人との間に流れる感情が表現されていて、聴いても唱っても、感動を呼び起こし、感傷にふけることができます。

演歌に唱われる日常生活は、「私」という個人だけの世界ではなく、「世間」という場で営まれるものです。演歌は個人の感情表現であっても、必ず世間が前提であり、世間の中で生まれる「人情」の表現が演歌のテーマなのです。

「世間」の人情を描いて評判の映画に「男はつらいよ」という寅さん映画がありました。寅さんが愛されるのは、渡世家業のなかで世間との付き合いの中で奮闘する寅さんが発揮する人間性を多くの日本人が愛したからです。

そう言えば、「男はつらいよ」の主題歌は、演歌作詞の星野哲郎の作品です。星野哲郎は戦後の歌謡界で数多くの歌謡曲を作詞していますが、「演歌」を「縁歌」と称していたそうです。星野哲郎は、人との出会いから詩藻を思いつき、やがて詩想に育て挙げ、「演歌」を完成したのです。

平成の時代も終わりを迎えようとしています。平成の始まりとともに消えていった「歌謡曲」や「演歌」は、平成の終わりとともに、更に遠い存在になっていくのでしょうか。
(以上)
スポンサーサイト



【2017/11/27 19:17】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<岩に散るモミジは再び美しい | ホーム | 高層ビルに描く高層ビルの影絵>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://wakowphoto.blog61.fc2.com/tb.php/834-8015e89b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |