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江戸城 櫓の美
1.巽櫓:桔梗濠-01D 1001q
写真1 桔梗濠の畔の櫻田巽櫓 左端に見えるのは内桜田門(桔梗門)
2.巽櫓:桔梗濠-05D 1211qt
写真2 櫻田巽櫓の正面
3.富士見櫓-04D 1507qr
写真3 富士見櫓 天守台跡の石塁より高い石塁の上に建つ。
4.富士見櫓-09D 1507qt
写真4 富士見櫓 石塁の角に立って四方八方をにらむ。
5.二重橋-09P 96t
写真5 皇居前広場から見た伏見櫓 手前の橋は正門鉄橋の二重橋
6.伏見櫓-01D 1507qt
写真6 正門鉄橋の上から見た伏見櫓 二重橋濠は深く、伏見櫓は高い。

江戸城は徳川幕府300年の居城でしたから、広大な敷地の中に膨大な建造物が建てられました。江戸城明け渡しの時には、木造建築物は殆ど焼失してしまいましたが、石造りの構築物の大半が残りました。

最大の天守閣は、造成後間もなく明暦の大火で消失し、その後再建されませんでしたが、高層の建造物として今も残っているものには、櫻田巽櫓、富士見櫓、伏見櫓の三つの櫓があります。その他には江戸城を囲む長大な濠と、内濠、外濠に設けられた数多くの城門があります。

その江戸城跡の半分以上は、現在、皇居東御苑、北の丸公園、皇居外苑として一般に公開されていて、誰でも外濠、内濠や城門などを眺めることが出来ます。

江戸城は軍事的に建造されたものですから、城壁、城門などを建造するとき、美的な配慮は必要なかった筈ですが、残された遺跡には随所に美しさを表現する工夫が施されています。

この写真随想では、これから江戸城の遺跡について、櫓の美、天守台の美、濠の美、城門の美、石垣の美、花と樹の美という順序で、何回かに分けて江戸城の美の観賞を行います。

(なお江戸城の歴史物語については、別のブログ「東京今昔物語」
http://plaza.rakuten.co.jp/wakow/diary/201504250000/
以下で書きましたので、ご興味ある方は、そちらも訪問して下さい。)

先ず、江戸城の三つの櫓の美を眺めましょう。
櫓(やぐら)とは、呼び名の通り、矢の蔵のことです。矢は鉄砲では弾(たま)のことですから、今様に言うなら櫓は弾薬庫に当たります。勿論、江戸時代には鉄砲も普及していましたから、鉄砲も弾薬も、この櫓に貯蔵されていたのでしょう。

江戸城の櫓(弾薬庫)は、どれも誠に優美です。残された三つの櫓は、小粒ながら城の要所要所の護りの拠点でしたから、寄せ手の敵を監視し、反撃する矢狭間(やざま)や石落しの造作を備えていました。

櫻田巽櫓(たつみやぐら)は三の丸の東南の隅に建っているので、辰巳=巽と名付けられ、昔は辰見櫓と書かれていました。造りは二重櫓でして、場所は桔梗濠に面しており、東京駅から行幸通りを抜けると直ぐに目に付きます。
(写真1,2)

富士見櫓は、本丸の南端の隅にあり蛤濠に面しています。本丸の北端には天守閣がありましたから、富士見櫓は本丸の南を見張る櫓でした。

富士見櫓は、高い石塁の上に聳えているところから「八方正面の櫓」と言われ、天守閣が焼失した後は、天守閣の代わりの役目を果たしました。富士見櫓は、その防衛上の機能から重要でしたが、同時に、その三重櫓の姿の美しさで江戸城のシンボル的な存在でした。
(写真3,4)

伏見櫓は西の丸の中にあり、西の丸は現在は皇居の敷地となっていますから一般人は近づくことが出来ませんが、伏見櫓が建っている場所が二重橋濠の濠端の高台の上ですので、皇居前広場の二重橋付近から、その全貌を眺めることが出来ます。

伏見櫓は二層からなる櫓ですが、その両袖に長屋造りの多聞櫓が左右に長く延びていて、櫻田巽櫓や富士見櫓よりも大きく見えて、その容姿は重厚です。伏見櫓は、その前にある二重橋と共に、今では皇居を代表する最も美しい建物となっています。

なお伏見櫓と言う名称には、第三代将軍家光の頃に京都の伏見城の櫓を江戸城に移築したからという、言い伝えがあります。それだけ伏見櫓は伝統的な由緒ある櫓なのでしょう。
(写真5,6)
(以上)
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【2016/01/20 21:13】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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