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入谷鬼子母神の朝顔市
1.仙台七夕-06P 99t
写真1 仙台の七夕
                  2.入谷朝顔市-02D 06
                  写真2 入谷鬼子母神の朝顔市
                  3.入谷朝顔市-34D 1407qr
                  写真3 入谷鬼子母神の朝顔市
                  4.入谷朝顔市-38D 1407qt
                  写真4 言問通りに溢れる朝顔市の参加者
                                   5.朝顔-01P 96c
                        写真5 田舎で見た、昔風の釣瓶に巻き付いた朝顔

七月七日、一年に一度しか逢う瀬のない牽牛と織女の話は中国で生まれたものですが、日本にも伝わってきて、江戸時代中期には天空の星の物語として七夕祭りとなりましたし、今では牽牛と織女の願いにこと寄せて、人々が願い事を書いた短冊を笹にくくりつけて商店街に飾る七夕祭りになっています。(写真1)

同じく中国から薬として伝わった朝顔の種を漢語では牽牛子(けんごし)と言い、朝顔を牽牛(けんご)と言いますが、毎年七夕の日の前後に、東京では入谷の鬼子母神の境内で朝顔市が開かれるのも何かの縁かも知れません。

入谷鬼子母神の朝顔市は、江戸後期、入谷付近の農村で盛んだった朝顔栽培を寺院の境内で披露したのが始まりと言われ、それが明治には全国的に朝顔市として知れ渡ることになります。

朝顔は、江戸時代に大変愛好された園芸植物の一つで、品種改良が盛んに行われ、大輪の朝顔、花弁の変形した朝顔、豊かな色彩の朝顔などが誕生しました。それらの朝顔は世界的に見ても珍しいものが多かったようです。

植物学者の中尾佐助氏は、その著書「花と木の文化史」の中で、朝顔に限らず、花卉文化に関しては日本はヨーロッパより100~200年は進んでいたと書いています。ヨーロッパが日本に追いつくのは、19世紀になって植民地でのプラント・ハンターの捜索の結果を導入してからだそうです。

それにしても、戦前一時廃れた入谷鬼子母神の朝顔市は戦後に復活して、ここ数年凄まじい賑わいを見せています。鬼子母神の前の歩道は朝顔の鉢を買う人で動きがとれない程混んでいて、一般の車両通行を禁止した車道の言問通りにまで人が溢れていました。とても朝顔市は夏の風物詩などという長閑なものではありません。(写真2、3、4)

しかし、朝顔市の雑踏の中で買われた一鉢の朝顔は、持ち帰られて縁側やベランダにホットするでしょう。その朝顔は朝に咲いて午前中には萎れてしまいます。一本の茎に幾つかの花をつけますが、咲き続けるのは夏の一時期です。

朝顔は華やかでありながら儚い花です。華やかで儚いから尚一層愛着が涌くのです。その気持ちを表現した俳句に、元禄の俳人、加賀千代女が詠んだ「朝顔に つるべ取られて もらい水 」という句がありますが、その場面を絵に描いたような小景を田舎で見付けました。朝顔は鉢植えより自然のままが良いようです。
(写真5)
(以上)
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【2014/07/08 13:17】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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