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お香を焚く習慣
                 柴又帝釈天-15D 0701qtc
                 柴又帝釈天 本堂前の焼香炉

                 浅草寺参拝風景-13D 1109qc
                 浅草寺 本堂前の焼香炉

お香を焚(た)く習慣は、日本では仏教の伝来と共に始まったと言われます。お香を焚く行為は、仏前で邪気を払い、身を清める儀式と結びつきました。今日でも仏像を拝むときには、仏壇に灯明を灯し、線香を焚く習慣は続いています。

お香を焚く木を香木と言います。香木として有名なものに沈水香木(ちんすいこうぼく)があります。木に細菌が入り病気になると、これを防止するため木は脂(やに)を出します。この脂は重たいので、木は水に沈み脂は結晶します。この脂は熱を加えると色々の匂いを出します。そこから沈水香木と名付けられました。

日本の貴族社会では、早くも平安時代(9~10世紀)にはお香の香りを楽しんでいたようです。枕草子や源氏物語には、衣服にお香の匂いをつけて楽しむ様子が描かれています。そして、お香を焚く行為が、宗教行事から日常生活に及んだとき、匂いは香りになりました。

西洋でも古くからお香を焚く慣習はありました。西洋の香の歴史はかなり古く、メソポタミア文明(紀元前3000年)のころまで遡ると言われます。もっと古く、エジプトでは紀元前4000年前の墳墓から香料として有名な乳香が発掘されたと言う人もいます。

お香を焚くこの慣習は、古代ユダヤ人に受け継がれ、それがキリスト教に伝わりました。今でもキリスト教会では祈りの時に振り香炉で乳香を焚いています。乳香は、樹皮に傷をつけて分泌された樹脂を空気に曝して固化したものです。南アフリカやインドで採取され、その価値は金にも相当する高価なものとして取り引きされていました。

香料が宗教行事のためでなく生活を豊かにするために使われるようになったのは、西洋では極めて遅く16世紀に入ってからと言われます。乳香を水蒸気で蒸留し、濃縮した半固形または固形にしたものを上流社会で使い始めます。

日本では鎌倉時代(12~14世紀)に武士社会でもお香の使用が認められています。室町時代(14~16世紀)には、茶道や華道と並んで、香りをたしなむ香道にまで発展してます。江戸時代には香りを組合わせた「組香」という高度の香りの文化が育ちました。現在、私たちが日常使っている「お線香」は「組香」の一つなのです。

江戸時代の中期から末期には、種々の「組香」を創作する活動が盛んになり、組香の数は数百種類にも及んだといわれます。また、香りの文化を味わうために香道具の製作なども盛んとなり、お香を楽しむ文化は、庶民の間にも浸透しました。

二枚の写真は、柴又帝釈天と浅草寺の本堂前に据えられている香炉です。参拝前にお線香の煙を浴びて身を清めている人々がいました。
(以上)
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【2014/04/11 21:02】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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