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富士山は遠くから眺めるもの
西伊豆の富士-03D 0512qrc
写真1 伊豆半島の大瀬崎の丘の上から見た富士山
西伊豆の富士-06D 0512qr
写真2 伊豆半島の大瀬崎の浜辺から見た富士山

昨年(平成25年)富士山がユネスコの世界文化遺産に登録されたとき、景勝地「三保松原」が富士山の一部として認めるか否かで議論がありましたが、最終的に文化遺産の一部に含められたので、日本人みんなが安堵したことは記憶に新しいところです。

高い山は、近づいて見るより、遠くから眺めた方が姿形は良いものです。歌川広重が六十余州名所図会で東海道駿河の国を描いた浮世絵「三保の松原」は、富士山と三保の松原を一体として捉えた名画です。

三保の松原は、駿河湾の清水港を囲う三保半島にある景勝地で、日本三大松原の一つです。日本各地にある羽衣伝説の中でも三保の松原の伝説が最も知られています。ユネスコ登録の名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」 です。この名称は文化遺産の本質を的確に捉えています。

万葉の時代から日本人は富士山を詠んでいましたし、江戸時代から現代まで絵画の題材とし取り上げてきましたから、芸術の源泉であることに説明を加える必要はありませんが、信仰の対象としての富士山には少し注釈をする必要があります。

今回文化遺産の構成資産には、富士山域(山本体)の他にも富士山本宮浅間大社(富士宮市所在)、北口本宮冨士浅間神社(富士吉田市所在)、富士五湖、忍野八海、三保の松原など多くのものが含まれています。

神社は、信仰行事を行う場所であっても、信仰の対象物ではありません。私達の祖先が古代から信じていた神道では、神々は自然の万物に内在するという信仰でした。従って、山の神、海の神というとき、神々は人格神ではなく、山そのもの、海そのものを指しました。

従って、山や海そのものが神ですから、神の住まいに当たる神社など、そもそも存在しませんでした。それでは、山や海は大きすぎて焦点が定まりませんから、祈る場所として借りの小屋である屋代(やしろ)を建てました。それは象徴的なものでよいのですから、粗末な小屋で十分でした。

地方に行くと山の奥深く小さな小屋が建ててあり、そこで昔から村人が神に祈願していたのです。更にはその小屋すらなく、岩の祠(ほこら)にしめ縄を飾って祈願の場所にしているところもあります。これが神道の本来の姿なのです。

富士山の信仰は登山という行為で実践されました。江戸時代に盛んになった富士講は江戸町民の山岳信仰の行事ですが、ご神体に登ることは神の懐に抱かれることでした。

その意味で、富士山が信仰の対象という意味づけで世界文化遺産に登録されたことは、日本の宗教文化が普遍的に理解される契機になることであり、喜ばしいことです。

写真は、伊豆半島の大瀬崎辺りから駿河湾越えに眺めた富士山です。大瀬崎は、三保の松原のある三保半島と対峙していて、両者で駿河湾を扼している岬です。遠くから眺める富士山は本当に美しく雄大です。(写真1、2)
(以上)  
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【2014/01/31 18:51】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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