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東洋人と西洋人の孤独感と幸福感
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人は皆、老いて一人で死んでいきます。その時、若いときには感じたことのない孤独感にさいなまれると云いますが、東洋人と西洋人ではその孤独感は大分異なるようです。

心理学者で文化庁長官でもあった河合隼雄氏は云います。
西洋人の孤独感は独立峰の頂上に一人置かれて感じるものであり、東洋人の孤独感は深い谷間に閉じこもって感じるものであると。

西洋人が見る死の際の光景は、独立峰の頂上で見渡す限り空を見るだけで、過ごしてきた世界は遙か彼方の下界にあります。頼るのは自分だけであり、ここで神と一人で対峙する不安は極限に達するでしょう。教会の尖塔は天を目指す信仰心を表すと云いますが、死の際での人々の心境をも示します。(写真)

東洋人が見る死の際の光景には、人々と別れる寂しさはありますが、自然に還る安らぎがあります。深い谷間は母の胎内を連想し、生まれ出たところへ戻る気持ちになります。

理想郷と言うものに対する東洋人と西洋人のイメージはかなり違います。理想とする最後の世界を東洋人は桃源郷と言いますが、西洋人はユートピアと云います。ユートピアは人工的に完成された理想的な場所であり、桃源郷は森林草木が造り出す自然界です。

幸福感を感じる場所も、孤独感を味わう場所も、東洋と西洋ではかなり違うようです。個人主義思想はキリスト教と深く結びついていると言いますから、このような東西の差異が生じたのは、キリスト教が普及したローマ帝国の末期からかも知れません。

司馬遼太郎は「この国のかたち」で次のように書いています。
「(日本では)村落も谷にできた。近世の城下町も、谷か、河口の低湿地にできた。」
「中国の場合、揚子江流域は稲作地帯で、谷を好んできた。「老子」にいう”谷神ハ死セズ”の谷である。」

東洋では山や丘に囲まれた低地こそ人々の住む所であり、豊穣の恵みをもたらす場所でした。桃源郷は、山奥の穴をくぐると草木と樹木が茂り、花が咲き乱れ、小鳥が啼く平穏な農村として、陶淵明の詩に描かれています。

輪廻再生を説く東洋の仏教には楽観を感じますが、神の裁きを待つ西洋のキリスト教には悲観が漂います。自然と同化することが幸せと捉えた東洋思想の桃源郷には連帯感がありますが、汝の隣人を愛せと説いた西欧思想のユートピアには孤独感があります。
(以上)
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【2012/12/27 13:23】 | 人生 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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