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実用品に美を求めた人々

先に、デザインは美感と実用の調和から生まれると申しました(06.7.4)。しかし制作者がそのことを意識しなくても、実用品に美が備わっていることはあります。何気なく日常使われていた茶碗や道具には、美術品として評価されて然るべきものが沢山あります。

絵画や彫刻だけが芸術品と見られていた19世紀のヨーロッパで、最初に工芸品の芸術性に着目したのはウィリアム・モリスでした。そして日常生活と芸術を一致させようとして、アーツ・アンド・クラフツ運動を起こし、20世紀のモダン・デザインをリードしました。

陶芸家の富本憲吉氏は若いときロンドンに学び、ウィリアム・モリスの作品と思想に共鳴しました。彼は身近なものに美を見出す達人でした。いつも生活の中に美しいものを置き、毎日美しいものを見て生活すると、美しさが分かるようになると云っています。

李朝朝鮮の民芸品の芸術性に初めて着目したのは柳宗悦でした。彼は誰も顧みなかった李朝時代の陶磁器から家具調度品に至るまで、幅広い民芸品の素晴らしさを日本人に紹介しました。

また、柳宗悦氏は、自分の家を自ら設計し、美の中の生活を楽しみました。東京の駒場に建てた彼の家は、最近改修されて日本民芸館として公開されていますが、美の感覚が隅々まで行き渡っています。

富本憲吉氏も、東京の祖師ヶ谷大蔵の自宅は自ら設計し、自作の陶芸品を飾って鑑賞していたと云われます。実用品に美を求める人達は、住む家まで自ら設計して生活の中で美を楽しむ実践者でした。

陶芸家の河合寛次郎氏は柳宗悦氏と会い民芸運動に入った人ですが、暮らしの中の「用」の美に魅せられたと云っています。また、無名の手仕事に真の美があると悟る、とも云っています。そして、李朝時代のご飯茶碗を見て「美を追わない仕事 仕事のあとから追ってくる美」と述懐しています。

千利休が愛用し、現在国宝になっている茶器は、かつて韓国の農家で使われていたご飯茶碗(高麗の井戸茶碗と云います)だったという逸話があります。

西洋人は「美」を人工的に創造し、日本人は「美」を存在から発見すると言われます。誠に、美は創るものではなくて発見するものです。
(以上)


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【2006/09/19 07:36】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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