FC2ブログ
雲は巧まざる造形家
     1.雲-23D 1109q
                  2.雲-26D 1109q
                               3.雲-20D 1109q
                                       4.雲-17D 1109q
                               5.雲-41D 1109q
                 6.雲-46D 1109q
     7.熱海邸の雲-01D 1109q


戦後間もなく米山正夫が歌ってヒットした「想い出は雲に似て」という流行歌がありました。その歌詞は次のようなものです。

想い出は想い出は 流れゆく雲か
浮かびては消えてゆく 青空の彼方
はるかに遠き日を 呼び返すごと
群れとぶよ群れとぶよ 夢の数かず

これは過去の想い出を雲に託して懐かしむものですが、未来への希望を雲に喩えた言葉として司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」が有名です。明治維新を成し遂げた明治人が坂の上の雲を目指して近代国家の建設に邁進した様を表わした言葉です。また唐代初期の詩人、王勃は彼の詩のなかで「青雲之志」と言う言葉で、徳を磨き立派な人物になれと人生の未来を説きました。

青空での雲の姿は、人々の心に感情移入して、慰めとなったり、励ましともなるものですが、他方では雲は青空のキャンパスに自由奔放な絵を描いて、人々の美的感覚を刺激する画家でもあります。

雲が造形の天才であることを人々に知らしめたのは、アメリカの近代写真の父と言われるアルフレッド・スティーグリッツです。それまでは誰も雲だけを被写体に選んだ写真は撮っていませんでしたが、スティーグリッツは大空の雲の変容を撮った連作で、雲の美しさを人々に教えたのです。

その切っ掛けは面白いのですが、彼は歳の離れた美人の画家オキーフと結婚し、その美しい妻を被写体にした作品を次々発表して名声を博していましたが、そのことで、人々はスティーグリッツの成功は写真の巧さではなく、オキーフの美しさにあると彼を批評しました。それではと言うので彼は大空の雲を被写体に選んで一連の作品を発表して名声を確かなものにしたのです。

初期のスティーグリッツの名作「冬の駅馬者」にしても、当時の写真家たちが被写体と考えなかった鉄道馬車の終着駅の光景を、スティーグリッツは立派な作品に仕立て上げています。スティーグリッツは、終着駅で働く人々や馬たちの錯綜する光景の中に、人間の感情や思想を発見したのです。

スティーグリッツにとっては、雲は大気中に塊となって浮かぶ単なる水滴ではなく、人間の情念の塊に見えたのでしょう。雲は絶え間なく変わる人々の感情の表現と見たのでしょう。妻オキーフの中に見た感情を雲の振る舞いに見たのでしょう。

青空に浮かぶ雲の姿形の変化には、人間の想像を超える巧みさがあり、人間が描けない美しさがあります。写真家スティーグリッツは、雲の巧みさ、美しさを捉えましたが、それを真似ようとしても、普通の写真家には真似られることではありませんでした。

冒頭の写真は、私が今秋に熱海付近で撮った真似事の雲の写真です。
(以上)
 
スポンサーサイト



【2011/11/15 11:22】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<長い影の季節に思う | ホーム | 柿は見て良し食べて良し>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://wakowphoto.blog61.fc2.com/tb.php/469-a6e3849f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |