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西洋音楽の普遍性
          旧東京音楽学校奏楽堂-10D 0806qt
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今では、日本人はクラシック音楽の世界でも大いに活躍しています。世界的に有名になった小澤征爾のような音楽家から、日本では無名でも欧米のステージで高く評価されいる演奏家は沢山います。

明治維新を成し遂げた政府は、西欧列強に追いつくことを至上命題として軍事、経済の面で西欧の制度、技術などを熱心に導入しましたが、同時に文化面でも西洋の優れたところを吸収しようと努力しました。その一つとして明治20年(1887)に東京音楽学校(東京芸術大学の前身)が設立され、西洋音楽の教育はその時に始まったのです。

それから120年余りの歳月を経て、職業音楽家だけでなく西洋音楽を楽しむ一般の日本人の数も大いに増えました。今の日本では、西洋音楽の演奏会は頻繁に開かれています。人気のある楽団や演奏家のチケットは忽ち売り切れます。

このように、クラシック音楽は広く日本人に受け入れらましたが、日本以外の非西欧社会でも西欧のクラシック音楽は広く受け入れられています。西欧のクラシック音楽は、その他の民族音楽よりも、よりグローバルに受け入れられていると思います。

何故クラシック音楽はグローバルな音楽、即ち人類共通の普遍的な音楽になれたのでしょうか? 

西洋音楽の研究者によると、西洋社会に伝わっていた色々な音楽は18世紀の偉大な作曲家バッハの音楽に流れ込み、それ以後の西洋音楽はそのバッハの音楽から流れ出たと言います。

そのことから今日のクラシック音楽はバッハから始まると言われるのですが、そうだとすると、西欧のクラシック音楽の歴史は、世界の多く民族音楽の歴史に比べると、たった2百数十年余りと非常に短いことになります。

クラシック音楽が極めて短い期間に急速に発展し、世界の普遍的音楽としての地位を確立したのは如何なる事由によるのでしょうか?

その第一の事由は、クラシック音楽が楽譜という共通の記録手段を持ったことです。そして、第二に数学的緻密さを以て音楽発展の可能性を追求してきたことです。第三には、弦楽器、管楽器、打楽器などの多様な楽器の技術進歩に支えられてきたことです。

世界の民族音楽は、長い時間をかけてその国の人々に親しまれ育まれます。従って民族音楽の多くは個性的なものであり、クラシック音楽のような事由に恵まれなければ、他の国々へ急速に普及することはありません。

勿論、クラシック音楽でも作曲者が自国の民族音楽を取り入れて作曲することは屡々ありました。すると民族色豊かなクラシック音楽が誕生しますが、それでもその曲は間違いなく普遍性のあるクラシック音楽であり、伝統的な民族音楽とは違うものです。

文化は国や民族の中で育まれます。そして、その固有の文化が他の国や民族に受け入れられると、普遍性を獲得します。そしてグローバル化した文化は人類共有の文化になります。

こうして西欧で生まれたクラシック音楽は、今や人類の共有財産として世界の人々に喜びと楽しみを与えているのです。

写真は、旧東京音楽学校奏楽堂を正面から撮影したものと、内部の演奏会場の風景です。この奏楽堂は東京音楽学校の演奏会場として明治23年(1890)に建設され、昭和59年(1984)に上野公園内に移設されました。現在でも東京芸術大学の学生により演奏会場として使われています。
(以上)
 
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【2011/08/12 21:38】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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