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田舎の小さな土蔵
                    土蔵-01P 98(地方圏:夏井川)

日本は森林に恵まれた木の国ですから、家は木造が一般的でしたが、外壁を泥土で塗り固める工法は、中世からあったと言われます。それは防寒、防暑のためと言われています。

江戸時代には密集した木造の街は火災に弱かったので、幕府は防火のための土蔵造りを奨励しました。しかし土蔵造りには費用が掛かりましたから、蔵造りの家は資産家や商家の家に限られました。

江戸時代からあった土蔵造りの建物は、東京市街地では近代化のため壊されていきましたが、地方都市では未だかなり残っています。

東京近郊では、川越の街にある蔵造りの商店街が有名です。これらは明治の大火で消失した後に建てられたもので、余り古いものではありませんが、明治に再建されたものでも江戸時代を想起させるからでしょう、今や観光地として多くの人々が訪れます。

蔵造りを観光の目玉とした街では倉敷が有名です。倉敷は江戸時代からその名前の通り蔵屋敷の街でした。街には水運のための水路が通っており、蔵はその水路沿いに連なって建っていました。掘割に並ぶ柳並木は、川越の商店街とはひと味違った風情です。

ラーメンで有名な福島県喜多方市にも蔵の街があります。ここの蔵の街は、内陸盆地の激しい気温の変化に備えて生まれたものなので、今でも実生活に使われています。蔵を改造したラーメン屋に入ると、蔵造の内部を見学出来ます。

市街地だけでなく農村地帯にも蔵はあります。煉瓦造りのように立派な蔵ではではありませんが、藁を混ぜた赤土で練り上げられた、正に土蔵というものを福島の田舎で発見しました。

今でも農作物を貯蔵する土蔵として使われているようでして、農家の庭先にポツンと立っている姿を見て、日本の蔵の原型を見る思いがしました。
(以上)
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【2011/07/14 20:47】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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