FC2ブログ
人間はよく生きているか?
                     黴-01D 1104q
                  黴-10D 1106qt
                   
ウイルス学者で、医の倫理についても造詣の深い、故川喜田愛郎千葉大学教授は、生物の生き方について、面白い分類をしておられます。

川喜田教授によれば、生物の「生きる」方法には異なる段階があると言います。それは「ひたすら生きる」「巧みに生きる」「弁(わきま)えて生きる」「良く生きる」と言う四段階があると言うのです。

ウイルスは生物と無生物の間の生きものですが、観察しているとウイルスはひたすら生きていると言うのです。それが動物になると巧みに生きるようになり、更に高等動物になると弁えて生きる術を憶えると言います。そして人類は、良く生きようとする動物だと言うのです。

これを私流に解釈すれば、弁えて生きる高等動物は身の程に合った生き方で留まるのですが、良く生きる人間は身の程を越えて理想を求めて生きる動物と言うことになります。近代科学の発達は、理想を求めて生きてきた人類の努力の賜でしょう。

他方、人は、理想を求めて躓き、悩み、悲しみ、怒りを経験します。しかし「良く生きる」とはこれらの全てを乗り越えた暁の心境でしょう。

孔子は論語で「われ、十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順い、七十にして心の欲するところに従いて矩(のり)をこえず」と言いました。

そうすると、川喜田教授の言う「ひたすら生きる」「巧みに生きる」「弁えて生きる」「良く生きる」と言う四段階は、孔子の言う何歳の相当するのでしょうか?

十有五歳は「ひたすら生きる」であり、四十歳は「巧みに生きる」であり、五十歳は「弁えて生きる」であり、七十歳は「良く生きる」と言うことになります。

しかし、現実は高齢に達しても「良く生きる」ことは難しいもので、多くの高齢者は躓き、悩み、悲しみ、怒りを経験し続けています。

写真は、大きな岩に繁殖した黴(かび)の生態です。
彼らは「ひたすら生き」て来たのですが、岩石の表面を使って「巧みに生き」ており、岩石から飛び出すことなく「弁えて生き」ています。この状態では「良く生き」ているか否かはわかりませんが、少なくとも、その姿は芸術的ですらあります。
(以上)
スポンサーサイト



【2011/07/09 21:11】 | 人生 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<田舎の小さな土蔵 | ホーム | 恋は目より入る>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://wakowphoto.blog61.fc2.com/tb.php/447-c59df580
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |