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相撲の美学 ガチンコと八百長だけが相撲か
   相撲:土俵-13P 00r
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一部の力士が行った野球賭博を警察が調査している課程で相撲勝負の八百長問題が発覚しました。そのことで、いま相撲業界を大きく揺さぶられています。

八百長相撲を取る力士は、相撲を真剣勝負(ガチンコ)と思って観戦していた相撲ファンを侮辱するものだと言う批判が圧倒的に多かったと思います。

しかし、相撲を楽しむ人々の中には、相撲は真剣勝負だけがすべてではない、相撲の魅力は勝ち負けを超えた力士の土俵上の演技にあると言う人々もいます。

嘗て、相撲行事は神様へ奉納するため神社の境内で行われました。神に奉納するため歌舞が演じられたよう、相撲も神楽と同じく神への捧げ物として演じられました。

神への捧げ物は勝負ではなく演技です。神様を喜ばせるための演技です。相撲は競技であるよりも、演技であると言うのが相撲の伝統でした。

勝負は力強さを競うものですが、演技は美しさを表現するものです。力強さと美しさを兼ね備えた力士を最高の力士として愛でるのが相撲道です。勝負だけにこだわるのは相撲道にもとります。

戦後、日本の柔道は世界の国々に受け入れられ国際化しました。そこまでは慶賀すべきことですが、国際化した柔道は単なるスポーツとなり、勝負だけがすべてになりました。日本柔道が持っていた「精力善用」「自他共栄」という講道館柔道の理念は忘れ去られました。

日本伝統の柔道は、グローバルスタンダード化することで、勝利至上主義の柔術に逆戻りしました。日本柔道から伝統の精神性は消えて、国際試合には柔道の美しさが無くなりました。

相撲が真剣勝負(ガチンコ)だけにこだわり、伝統の演技の面を忘れると、国際化した柔道のように貧しくなり、美しさが失われます。

金銭の授受にからむ八百長相撲を容認することは出来ませんが、相撲は真剣勝負か八百長かの二者択一の議論には同意しかねます。

一枚目の写真は横綱貴乃花の土俵入りの一場面です。二枚目の写真は幕内土俵入りの一場面です。三枚目の写真は仕切りの一場面です。

場面は違いますが、これが相撲の演技です。相撲観戦はこのような演技により盛り上がります。勝負だけに興味のある方々は、わざわざ国技館には出向かず、テレビのダイジェスト放送を楽しみます。

本物の相撲ファンは、この演技で既に相撲の世界に入り込み、勝敗の前に十分に相撲を堪能しているのです。

伝統である演技としての相撲への復帰を図ることが、興業としての相撲業の繁栄につながりますし、八百長問題も自ずと解消することになると思います。
(以上)
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【2011/03/25 10:02】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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