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隠れた美
          1.高速道路造形-02D 0703q
          写真1
                         2.隅田川:橋下-10P 03r
                         写真2
先に、「巧まざる秩序」(10.07.07)で説明したように、建築家の芦原義信氏は、「隠れた秩序」と言う著書で、無秩序に発展したと見られる都会にも「隠れた秩序」があると主張しました。

しかし、「隠れた秩序」を感知し、他人にそれを説明し、これがそれだと納得して貰うのは難しいことです。何故なら、「隠れた秩序」は一見しただけでは、なかなか分からない場合が多いからです。

同じく、「隠れた美」も、見ていて美だと分からないものの一つです。美は理屈抜きに一瞬にして人に伝わると言いますが、「隠れた美」は見ていても見えないのですから、一瞬にして伝わるという訳にはいきません。それが美だと分かるには時間がかかるので、とても一瞬とは云えません。

「隠れた美」は、漫然と眺めていては見つかりませんが、さりとて、鵜の目鷹の目で探しても見つかるとは限りません。

撮影していたある日、「隠れた美」は突然、予期せぬ場所に現れました。渋谷の首都高速道路の裏側と、隅田川の蔵前橋の裏側でした。(写真1、2)

正直に言うと両者とも見た瞬間は、奇妙な形の物体と言う印象でした。渋谷で見たものは、コンクリート製の巨大な鯨のようでした。蔵前橋で見たものは、黄色い鋼材製の肋骨を内側から覗いた思いでした。

それらが構造美であると理解するには、少しばかりの時間が必要でした。「隠れた美」は、先ず既存の類似品を連想させます。その類似品は、醜いと考えられていたものでした。素材としてのコンクリートと鉄は、もともと美を連想させるものではありませんから。

機械文明の評論家であるルイス・マンフォードは、「キュビズムは、醜いものと機械との連想を克服した最初の流派であろう。」と言いましたが、確かにキュビズムは醜いものを美しいものに変えることに成功しました。

打ち放したコンクリートの単純な輪郭と、組み合わされた鉄骨の力強い構造には、自然の植物や風景が持つ美しさとは異質の美があります。

発見されることを待ちながら隠れている美は、まだまだ私達の周辺に沢山あると思います。
(以上)
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【2010/07/13 10:01】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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