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明治の政治家の風貌
                    福沢諭吉:一万円札-01D 1006qtc


今年、東京都写真美術館ではポートレイト写真展を三回に分けて行います。第一回は「侍と私」と言う題で幕末から明治までに撮られた人物写真を展示しています。(2010.5.15~7.25)

武士達の鎧兜姿や当時の民衆の衣裳も面白いのですが、それは風俗としての面白さであり、今回のポートレイト写真展を見ての最大の収穫は、明治維新を成し遂げた当時の日本人政治家たちの風貌に接するこが出来たことです。

戦後の日本人は、特に平成になってからは、日本人の顔に精気がなくなっています。テレビで見る平成の日本の政治的リーダー達の顔は、悉く精彩を欠いています。明治の政治家と比べると、これが同じ日本人かと疑いたくなります。

その相違が何故生じたかと言えば、それは危機意識をもって自立しようとした人間と、他国に依存して安穏と暮らしている人間との差からと生まれていると思います。

展示された順序に従って、明治の政治家のポートレイトを見て感じたことを述べてみます。

先ず、江藤新平(作品42)です。名前と業績は知っていましたが、実際の顔をみるのは、この写真が初めてです。広く四角に広がった額に鋭い細い目は意志の強を示しています。佐賀藩の出身で、日本の司法制度の確立に貢献した政治家で、特に政治家の腐敗を厳しく追及し、山県有朋、井上馨などの有力政治家に対しても容赦ない圧力を加えたました。風貌にその峻烈さが出ています。

次に、勝海舟(作品44)です。勝海舟の写真はよく見かけるので今回の写真で特に新しく指摘することはありませんが、端正な顔立ちに凹んだ瞳は、西郷隆盛と交渉して、江戸城の無血開城を実現させた、思慮深さを顕しています。

第三は、山縣有朋(作品45)の若い頃の写真です。明治政府で近代的軍隊を創設するのに貢献した政治家です。残された写真の多くは老成した風格のあるものですが、今回展示された写真は、精悍な若者の時代の山縣有朋です。自我の強い、やりたい事をやり通す押しの強さを感じさせます。

第四は、西郷従道(作品48)ですが、これも若い頃のものと思われます。兄西郷隆盛の風貌に似て、ぼってりとした優しさのある写真です。西郷兄弟は、細部に拘らず、私心が無く、大局を見る政治家と言われていますが、写真にもそのような貫禄が出ています。

第五は、大隈重信(作品51)です。大隈重信は佐賀藩出身で、薩長の重臣達とは屡々対立を繰り返した政治家です。晩年の写真を見ると禿頭の好々爺風ですが、この写真は壮年の頃のもので、頑固一徹の激しさが風貌に顕れています。

第六は、板垣退助(作品52)です。写真で見る若き板垣退助は文学者風の知的で柔和な風貌です。坂本竜馬と同じ土佐藩の出身で、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだ自由民権運動の主導者として激しい性格の政治家と思っていましたが、写真から受けるイメージは少し違いました。

第七は、井上馨(作品53)です。今回展示されたのは壮年時代のものです。学者か銀行員を思わせる端正な顔立ちです。井上馨は、西郷隆盛から「三井の大番頭」と批判されましたが、長州財閥の政商と密接に関わった時代の、老獪な風貌の晩年の写真とは違っていました。

第八は、福沢諭吉(作品57)です。福沢諭吉は日本の産業近代化に大きく貢献した政治家です。「脱亜入欧」を唱えたのも当時の世界情勢を的確に捉えた結果であり、今回展示された写真に見る学者風の容姿の中に、戦略家福沢諭吉の姿が現れています。(写真は一万円札の福沢諭吉です)

「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言いますが、それは内なる心が表にあらわれるからです。政治の世界で激しく格闘した人々には、一種の風格、俗に言う面構え(つらがまえ)が出来上がります。

ポートレイトは、その面構えをとらえます。それは肖像画でもとらえることが出来ますが、写真はよりリアルです。写真は、人物の一面しかとらえていないと言う人もいますが、それでも政治家たち本人の存在を記録したものであることは間違いありません。
(以上)
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【2010/06/24 21:29】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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