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落書きとパブリックアートの境界
     1.壁の落書き-07D 06.05q
     写真1
     2.壁の落書き-03D 06.05q
     写真2
                  3.壁の落書き-16D 0812qt
                  写真3
                                   4.壁の落書き-21D 0904qc
                                   写真4
                                   5.壁の落書き-25D 1001qt
                                   写真5
パブリックアートについては、嘗てこのブログで三回に亘り論じたことがあります。何を以てパブリックアートと云うのか、公共の場にパブリックアートなるものを展示することの可否について論じました。

その趣旨は次のようなことでした(2008年9月15日)。
「日本の都市空間を眺めてみると、全体としてのバランス、色彩と形態の調和ということに関して、殆ど無頓着であり、夫々の地権者が経済性を優先した土地利用を主張し、周囲との調和に配慮せずに建築している。そのような街路に彫刻や芸術品を飾ってみても殆ど美的感動を呼ぶ余地はない」と。

今回のテーマは、公共の場に描かれた「落書き」がパブリックアートたり得るかです。ということはその「落書き」が先ずアートとして認められなければなりません。そして後でパブリックアートとして、その公共の場に相応しいか、と言うことになります。

街路を歩いていて偶々目についた、気になる落書きを5点掲げました。これらの落書きを見ると、ただ出鱈目に描いたのではなく、何らかの造形を試みていることは分かります。

絵画は理性にではなく、情感に訴えるものです。ですから通りすがりの人々が、これらの落書きを見て、最低でも何らかの感情を刺激されなければ、アートとは云えません。

最初の写真1は厚塗りの抽象画のようであり、次の写真2は細石と張紙のコラージュのようです。立派な絵画展に飾られていたら、鑑賞者は真面目な顔で暫く眺めていても可笑しくありません。

写真3は、ショーウインドウの窓に描かれたスプレーによるいたずら描きです。楕円形を重ね合わせた単純な図形で出来ていて、落書きとしては街でよく見かける平凡なものです。

写真では夕陽に反射したスプレー文字だけが、背後の薄暗い写り込みに浮いて見えて、非現実的な情景になりましたが、これは落書きの腕前というよりも写真の手柄です。

写真4は、ニューヨークの Street Graphics を真似たような、ビル壁面への落書きです。パイプ、窓などの構造物の凹凸と、同系統の色彩のグラデーションを用いて、抽象絵画もどき様相を呈しています。

写真5は、1950年代に米英で始まったポプアートとサブカルチュアー漫画が混ざったような落書きです。画面に隙間を作らず、無数の絵を無秩序に並べ、線描は明確だけれども画面全体は混沌としている、現代社会の絵画表現とでも云えます。

公共的空間での落書きとして話題になるものには、社会政治的落書き(ベルリンの壁)、歴史的建造物への落書き(古代遺跡)、街路装飾的落書き(商店街シャッター面)など、色々の分野がありますが、これらは社会的現象として取り上げられてもアートとは縁遠いものです。

アート的な上記の落書きが、公共の広場で果たしてパブリクアートとして受け入れられているか否か知りません。それは道行く人々によって決められることでしょう。パブリクアートであるか否かの境界は、人々の心の中にあります。
(以上)
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【2010/03/19 11:45】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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