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自叙伝と自画像と自写真
昔は思想家が自叙伝を書きました。現代では政治家がよく自叙伝を書きます。自叙伝のいいところは著者しか知らないことが書いてあることであり、悪いところは著者自身を飾って書くことです。

画家はよく自画像を描きます。画家にとっての自画像とは、自己の内面を把握して形に表す作業ですから自己確認です。しかし同時に願望も含まれることがあります。

写真家が自らを写す「自写真」という言葉はありません。私の造語です。写真家は鏡に映った自分しか写すことは出来ませんから、本当の写真は他人に撮影して貰う外に方法はないからです。

但し、セルフタイマーを用いてセルフ・ポートレイトを撮ることはできます。しかし、撮影者である自分はファインダーを覗いていないので撮影の瞬間を確認できない、それなのに、意識しまいと思っても自分を意識した表情と姿態しか撮れないという制約があります。

知らないときに他人に写された写真は、無意識の自分が写っているので、そのような自写真が一番よいようです。自分を客観的に見詰めることができるものとして末永く残ります。

自叙伝も自画像も自分を残す作業ですが、これらは自分で作成したものですから、後になって作り変えたくなれば、訂正も出来れば新たなものをつくることが出来ます。

しかし、他人によって写された写真は、動かし難いものとして残ります。それなのに芸術家や政治家を写したポートレートは沢山残っているのに、写真家自身ののポートレイトは意外に少ないのです。写真家は恥ずかしがり屋なのでしょうか?
(以上)
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【2009/03/13 22:04】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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