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モダンな校舎は学生をモダンにした
          山形大学工学部-05D 0810q
                              山形大学工学部-03D 0810qc

地方都市を旅していると思わぬところで明治時代の建築物に出会います。写真は米沢にある山形大学工学部の校舎です。一見して往時のモダンさが伝わり、クラシックの良さが分かります。

明治政府は日本の近代化のため西洋文明の摂取に努力しましたが、そのためには学校教育が最も重要であると考えて、地方に多くの中学校、高等学校を設立しました。

中でも、実学を重視した明治政府は、工業高等学校、商業高等学校を主要な地方都市に設立しました。工業高等学校は東京、大阪、京都、名古屋、熊本、仙台に続いて七番目に山形の米沢高等工業学校を設立しました。

写真は、明治時代に建てられた米沢高等工業学校(後に米沢工業専門学校と改称)の建物です。この校舎の様式はネオバロックというのだそうですが、本体が左右対称の構成となっており、寄棟の屋根に出窓があり、玄関の両脇の塔には階段教室があり、その塔の上に三角形の二つのドームがあります。二階会議室にはシャンデリアまであるとのことです。

このようなネオバロック様式の校舎は、米沢だけでなく長野県の松本市、岡山県の津山市にもあります。探せばまだ外の地方にも明治時代の洋風建築の校舎は残っているでしょう。そして、みな国の重要文化財となっていて、学校として使用されているのは少ないですが、米沢では大学校舎として本来の目的で使われています。

学校の価値は校舎という外見でなく教育内容だと云う人もいますが、外見も大事です。現在の公立小中学校のような、無表情で画一的な校舎では学ぶ意欲も湧いてきません。

財政的に余裕のない明治政府がこのような立派な校舎を建てたのは、日本が先進国家の仲間入りするには君たちの努力が必要であると、学生達に伝えるためでした。そして学生達も、立派な校舎に激励されて緊張感を抱いて勉強することで応えました。

存在する物は全て形態を持ち、その形態は存在を表現すると、アリストテレスは「形相」と「質料」の関係で論じていますが、その論法に従えば、モダンな校舎で学んだ明治の学生達は西洋文明のモダンさを身を以て体現しました。日本の近代化は彼らの力で成し遂げられたからです。
(以上)
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【2008/12/04 16:24】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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