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コンクリートの建物は信頼できるか
          東京カテドラル大聖堂-01D 0710q
          東京カテドラル大聖堂

                                      建物-04D 06
                                      東京麹町にあるコンク
                                      リート打ち放しビル


湿度の高い日本ではコンクリートの家は向かないのですが、街中で時々見かけることがあります。体育館とか教会とか公共建築だけでなく、個人の家やビルでもコンクリート打ちっ放しを見ることがあります。

日本のコンクリート建築は西洋から近代建築の一つとして輸入されたものですが、その西洋でも建物は元来は石積、レンガ積など組構造の建築です。コンクリート建築は近世になって始められたものです。

近代建築の祖ル・コルビュジェが建築の基本は柱と床板と階段であると主張して以来、建築素材としてのコンクリートに道が開かれたのです。

コルビュジェが意図した建物は合理的で何処にでも建てることが出来る建物でした。コンクリートは世界の何処でも容易に入手できる格好の建築素材でした。こうしてコルビュジェ様式のコンクリート建築は世界中に広がりました。

コンクリート建築は装飾的でないことが特徴であり、その単純な形態を表現するのに打放し建築が好まれました。コンクリート打ち込みの際使われた型枠の模様だけのノッペりした表面がモダンだと云われて珍重されました。

日本の建築家は、短い間にコンクリート建築に独自の境地を見出し、優れた作品を造りました。丹下健三の広島ピースセンター、代々木オリンピック運動場、東京カテドラル大聖堂、安藤忠雄の初期の作品、住吉の長屋、光の教会、日没閉館などは、コンクリートを用いて建物の形態の優美さと採光の独自さで世界の注目を集めました。

しかし、これら名人達の優れたコンクリート建築は必ずしも使い勝手がよいわけではありません。建築のデザインは芸術的に如何に素晴らしくても、家はあくまで家であり、彫刻や絵画のように眺めて終わりではなく、使われて初めて完結するものです。

産業界のデザインの発展の歴史は、利便性と美観との調和を図るものでした。美的センスだけを求めても、不便なものとして採用されません。さりとて便利さだけでも、格好が悪いと嫌われて人々は使わなくなります。 装飾と機能の調和を求める戦いが産業デザインの歴史です。

建築界のデザインも産業界と同じジレンマを持っている筈ですが、建築界では美観の前に利便性が犠牲にされる傾向が強いようです。特に施主が個人でなく公的法人の場合、その建物の利用者の意見は反映されず、デザイン優先の使い勝手の悪い公共的建築物が生まれるのです。

世界には木の家、石の家、土の家がありますが、夫々の家は歴史的に夫々の土地の気候風土が産んだ建築です。建築素材も夫々の土地が産んだ素材です。しかし、コンクリートは生まれた故郷を持たないコスモポリタンです。

西欧では石の家が主流だからコンクリート素材に問題がないかと云うと、必ずしもそうではありません。コンクリート素材そのものに建設素材としての弱点があるからです。木、石、土の素材の性質は外見から判断出来ますが、コンクリートは不可能です。コンクリートは外見は同じでも素材の混合比率により中身はみな違うからです。

会計規則や課税基準ではコンクリートの耐用年数は木造より長いのですが、現実の統計では逆だそうです。日本では平均して鉄筋20年、木造40年が建築物の寿命だそうです。素性の分からないコスモポリタンのコンクリートに満全の信頼をおかない方が賢明です。
(以上)
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【2008/11/08 14:13】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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