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写真家の活躍のピーク 森山大道展を見て

今、東京都写真美術館で「森山大道展」が開催されています。(2008.5.13~6.29)
作品展は二部に分かれていて、第一部レトロスペクティヴ、第二部ハワイです。

ここでは、1965年から2005年の40年間を総括して回顧する形の第一部レトロスペクティヴの中で、印象に強く残った作品について感想を述べてみます。作品名は「 」の中に、その後に記した( )の数字は作品番号です。

レトロスペクティヴは、5つのパートに分かれています。
第一のパートは1960年代に森山大道のデビュー作である「にっぽん劇場写真帳」が中心となって展示されていますが、なぜこれらの写真が森山の写真界への挑戦と評価されたのか私には分かりません。それよりも、冒頭に展示された初期の作品「無言劇」(1、2)の二枚は、生命の闇を暗示したものとして不気味さを秘めていて、後に森山が北海道で見出した写真の世界を予想させるものです。

第二のパートは、1968~70年のプロヴォーグの時代です。
「青山」(25)は、デザイン誌に発表されたときの説明文「エロスあるいはエロスでない何か」は言葉として意味不明ですが、女の顔の一部を切り取って情念の世界を描いています。見た瞬間に意味するものが伝わり、忘れられない力を持っています。
「東京インターチェンジ」(32、33)は、高速道路を疾走する心理を表現したものとして、速さはこのように表現するのかと感心しました。それ以上に深読みして異次元世界への爽快なる飛翔と見るか、あの世への旅立ちとみるか、人それぞれです。

この時代に森山大道は「アレ、ブレ、ボケ」の手法を用いて写真界で注目を集めましたが、今改めて眺めてみると、必ずしも評価された手法に依存していない「無言劇」「青山」「東京インターチェンジ」の方が印象に残りました。

第三のパートは1970年代の何かへの旅です。
夜の函館地峡に霧が襲う「函館」(103)、一匹の野良犬がさまよう農村の風景「木古内」(120)、夜更けの市電「函館」(102)、煙突から煙を吐く停泊中の小さな客船「留萌」(116)、単線鉄路の貨物列車「夕張」(93)、寂しげな村落の道の「釧路」(88)、荒海の彼方に見える工場地帯「室蘭」(126)が強く印象に残る作品です。

森山大道が1970年代に北海道で撮影したこれらの写真には、プロヴォーグの時代に試みた「アレ、ブレ、ボケ」の手法は姿を消しています。そして、北海道の荒涼たる風景と対峙することで、行き詰まった孤独な心境を描写することに成功しています。技巧だけでは掴めなかった自分の心象を映像化し
たと言えます。

第四のパートは1980年代の光と蔭です。
写真美術館のパンフレットでは、この時代の「光と蔭シリーズ」で森山大道は長いスランプから抜け出したと解説していますが、これらの写真には70年代の北海道の旅の写真ほどの力は感じられません。僅かに「バケツ」(130)、「帽子」(132)、「タイヤ」(139)に光と蔭の面白さを発見するだけです。

第五のパートは1990年代のヒステリック、2000年代の新宿、ブエノスアイレスです。
80年代の「光と蔭シリーズ」でスランプを脱したと言うなら、森山大道は90年代以降に更なる新境地を開拓した筈ですが、この時代の作品には、それ以前の森山大道の作品にあったような印象的な作品を見いだせませんでした。

文学、絵画、音楽など、いずれの分野でも芸術家の活動には山もあれば谷もあります。スランプから脱したとしてもピークが訪れるわけでもありません。

芸術家にとっての本当のピークは一生に一度訪れると言われています。そのピークが若いときに来るか晩年に来るかは人によりけりです。森山大道の写真のピークは、今までの所1970年代だったというのが観賞後の印象でした。
(以上)
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【2008/05/27 00:22】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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