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写真は神性を抱けない
近世から現代への絵画は、具象画から抽象画へ変遷していくように見えます。19世紀に写真が発明されてから、その傾向が強まったようです。

しかし、人類の絵画の歴史は、抽象画から具象画へ進んできたとヴォリンゲルは言います。数千年も前の洞窟に描かれた動物の絵は、具象的ではなく抽象的でした。それは古代人の絵画技巧が稚拙だったからではなく、抽象画の方が感情を移入し易かったからだと言うのです。

ルネッサンス以前の宗教画やイコンを見ると、現実描写は稚拙に見えますが、そのことは宗教的感情を移入する観点からは障害となりませんでした。イコンに神性を見いだせれば十分だからです。

例えば、キリスト教、特にギリシャ正教では聖人をかたどり礼拝の対象とするイコンは重要なものです。イコン崇拝は宗教の物語を伝えると同時に、イコンそのものに神性を与えてきたからです。

しかし、ルネッサンスは人間性の回復運動であり、絵画や彫刻は、宗教の束縛から人間を解放するものでした。ルネッサンス芸術は、神への賛美から人間の賛美へと転換を遂げます。

ルネッサンス芸術は西ローマの世界で花咲き、やがて西洋絵画の主題は、宗教をテーマにしたものから人間そのものを描くようになります。ギリシャ彫刻が神々を具体的に造形したように、西洋絵画は人間や自然をあるがままに表現しました。

かくて宗教から解き放たれた近代芸術は、純粋なアートとして発展していきます。更に進んで、具体的な意味を離れて造形性が強調されます。絵画から「モノ」の姿を消した抽象絵画が現れます。

抽象絵画は画家が言葉によらないで構築した思想や感情です。抽象画を見る人は、その絵から言葉では説明できない感動を受け取ることになります。しかし、写真家は感動を構築しません。ただ人の気付かない真実を暴露するだけです。

批評家ソンタグが、画家は構築するのに写真家は暴露すると言ったのは、そのことです。ヴォーゲルの言うように抽象画の方が感情移入し易いでしょうが、形有るもの全てを記録に留める写真では感情移入が働く余地はありません。

写真の暴露する力は神性を否定します。その意味で、写真は宗教性と相容れないでしょう。絵画は宗教性を排除しながら抽象画に至りましたが、写真は最初から宗教性を抱く余地はなかったのです。
(以上)
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【2008/03/07 22:05】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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