FC2ブログ
写真には悲しみがある
ウインドサーフィン-01PAtc

                                 埋立地-01PAc

浜の模様-07P 87q

                              海辺-16P 96c

写真は失われた過去の記録です。失ったものに哀惜の情が深ければ写真を見て悲しみが湧いてきます。それ故、多くの写真は悲しみを含んでいます。そのことは、近親者や友人で他界した人の写真を見るとき誰も逃れることは出来ません。

写真の悲しみは失われた風景にもつきまといます。風景も時と共に変わって止みませんが、昔の風景は哀惜の対象となります。昔の風景を写真で見ると悲しみに似たものが湧いてくることがあります。

お台場は、江戸城の地先の海に造られた砲台跡地です。鎖国時代に開国を迫るアメリカは、江戸湾の奥深く黒船を進入させ、大砲で江戸城を撃つと脅かしました。驚いた徳川幕府は海の中に堡塁を築き大砲を据え防備に当たりました。

東京の都市が発展するにつれて、お台場周辺の海辺は産業用地に転用され、数個あった砲台の堡塁は海上交通の邪魔だと取り除かれました。

今あるお台場はその残塁です。一つは野鳥のサンクチャリーとして残されましたが、もう一つは陸地と繋げて一大レジャーランドに変貌しました。そこにショッピングとレストランの総合ビルが幾つも建ちました。

現在のお台場の先端は、昔は小さな小さな孤島でした。海風と太陽の光が溢れるところでした。そこは東京という大都会の直ぐ目と鼻の先にありながら、都会とは異質の空間でした。現在のように、都会と同じ模様に塗替えるにはもったいない個性的な空間でした。

金太郎飴のように、何処を切っても同じパターンの総合ビルを何棟もお台場に建設するとは、余りに構想力が貧弱でした。この地に相応しい風景にしようと計画が練られた形跡はありませんでした。お台場を歴史的遺産として残そうとする議論も聞きませんでした。

それだけに失われた悲しみは深いのです。お台場が未だ堡塁の姿を留めていた頃の写真を掲げて、在りし日のお台場を偲びます。
(以上)
スポンサーサイト



【2008/01/19 12:34】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<赤と黒は相性がいい | ホーム | 函館の教会建築>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://wakowphoto.blog61.fc2.com/tb.php/126-f58500f4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |