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写真と絵画 スチーグリッツとオキーフ
枯れ蓮-02D 0711qc


ジョージア・オキーフはアメリカを代表する女流画家です。彼女のクローズ・アップした花の絵と、牛や羊の頭蓋骨の絵は、見る人に強烈な印象を与えます。

花の絵には「二本のカラ・リリー」「紅いカンナ」「ピンク・チューリップ」などがありますが、それらの絵では、花びらの一部を画面一杯に描いています。クローズ・アプしたから必然的に花びらの上下左右が切り落とされます。その切取り方は明らかにカメラのフレーミング手法と同じです。

画家オキーフの才能は、写真家アルフレッド・スティーグリッツに見出されました。スティーグリッツは、記録のメディアと言われていた写真を、アートとしての写真に変えた写真家です。オキーフの画才は、芸術を目指す写真家スティーグリッツの手で世に認められました。

オキーフがクローズ・アップした花の絵は、額縁の枠をはみ出すような構図を取っています。花の美しいところは、ここなのですよと描いたからです。オキーフは言います。
「自分が(美しく)見たように、他人にも見て貰いたい」と。

写真家の写真には、屡々フレームの外側まで想起させる写真があります。被写体の全体を写さなくても、全体を写したのと同じか、或いはそれ以上のものを表現した写真があります。写真家たちは言います。
「自分が発見した美を、他人にも見て貰いたい」と。

スティーグリッツとオキーフは、20歳余の年齢差を越えて結婚します。スティーグリッツは妻オキーフを被写体にした連作を発表して名声を博しますが、それは偶々被写体が良かったからだと批評されて、その後、雲をモティーフにした連作を発表して絶賛を浴び、その批評に応えました。

オキーフは、夫の死後ニューメキシコに居を移して、砂漠で死んだ動物たちの骨をモチーフとした絵を描きます。オキーフは「砂漠では骨が花開く」とまで言っています。オキーフにとって花も骨も生命の証(あかし)であったのでしょう。

ユング心理学に学んだ臨床心理学者の河合隼雄氏は、死について次のように言っています。
「生きている人間と対話する時より、死んだ人間と対話する時の方がリアリティがある。死には普遍性があるから、死を直視する現場に立合うことは大切である」と。

また、ノーベル文学賞を受賞した川端康成は、晩年、親しい人々の死を知らされると訪ねていって、死せる人と無言で長時間対面していたそうです。川端康成は死の中に本当の生を見出そうとしていたのでしょう。

オキーフは、死せる動物の骨に生命の源を発見したのです。彼女の代表作「雄牛の頭とタチアオイ」は中空に浮く骨と花を描いて、抽象的モンタージュ写真を想わせます。

写真を撮っていて、枯れ果てた植物にも造形の美を発見することがあります。オキーフへの讃辞を台無しにすることを恐れず、晩秋の蓮田の写真を掲げます。
(以上)


                                   枯れ蓮-01D 0711qc

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【2008/01/06 10:48】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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