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写真と詩

写真と俳句の類似性について多くの人が既に指摘しています。俳句は森羅万象への感懐を短い言葉で凝縮して表現する芸術です。写真も森羅万象から受け取る心象を一瞬で切り取る芸術です。

近代俳句の始祖、正岡子規は写生を重視します。その影響で、俳句では詠んで光景が目に浮かぶ句を良しとします。そのような俳句は映像的ですが、写生した映像の背後に深い感懐を潜ませるのが俳句の醍醐味です。

他方、写真は、あくまでも写真に写った映像だけで表現します。展覧会でキャプションを付けたり、また作品に言葉を添える写真家もいますが、言葉は二次的な付属品で、写真は映像がすべてです。しかし、映像が表現するものの内奥を読み取るのは観る人の感性です。

批評家スーザン・ソンタグは言います。(スーザン・ソンタグ「写真論」より)
「モダニズム運動では、絵画は次第に概念的になるのに、詩は次第に視覚的になる」と。

その意味は、近代詩では思辨的であるよりも物事を凝視することを重視すると言うことです。写真の世界では、もともと物事を凝視するのが基本でしたから、近代詩は写真に近づきつつある、とでも言えるわけです。スーザン・ソンタグはそれ以上のことは言っていませんが、彼女の論法を進めていけば、写真家は詩人の心を持てと言うことになるのでしょう。
(以上)
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【2007/11/02 09:36】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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