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高層ビル群を繋ぐ巨大な跨線橋は歩く広場に
1.新宿南口:高島屋への跨線橋-10D 161qrc

2.新宿南口:高島屋への跨線橋-03D 0701q

3.新宿南口:高島屋への跨線橋-06D 1611q

激動の昭和時代に続く平成の時代も終わった
去りゆく平成を顧みて人は停滞の20年と言う

しかし
昭和時代には超高層ビル群は新宿西口だけだった
今や都心部のどの核都市にも超高層ビル群が聳えている
都内の街に超高層ビル群が建ち並んだのは平成の時代だったのだ

新宿南口では
道路の跨線橋は拡幅された
歩道の跨線橋も新設された
鉄路で二つに分断されていた高層ビル群の街は跨線橋で繋がった

跨線橋の両側の超高層ビル群は急接近する
超高層ビル群の端と端が繋がれば端は中央になる
そして、巨大な跨線橋は歩く広場になった
(以上)
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【2019/07/18 18:52】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今は昔、瑞穂の国の物語
1.伊豆天城-03Dqt

3.田-06P 92qt

瑞穂(みずほ)の国とは日本国のことです。瑞穂の国とは日本の国の成り立ちを意味する言葉です。瑞穂とは、国民を養うお米の生産だけを意味する言葉ではありませんし、国土を表すだけの言葉でもありません。

戦前は日本国とはどんな国か、と問われると瑞穂の国と答えましたが、戦後も暫く経つと瑞穂の国という言葉は余り聞かれなくなりました。僅かに大銀行の名前に、その名を留めているだけです。

水を引いた田で乙女らが一列に並んで稲の苗を植えている風景は、昔の農村の典型的な田植え風景でした。今は、高齢の農夫が一人、耕耘機を運転して田植えをしています。

しかし、満面に水を引いた田んぼに早苗が一斉に元気よく背伸びしている田園風景は、すがすがしいものです。日本の神話で語られる豊葦原の瑞穂の国と言うのは、日本の各地では、このような田園風景があったのでしょう。
(写真)

日本古来の宗教、古神道では罪の観念を「天つ罪」と「国つ罪」の二つに分けて説いています。「国つ罪」というのは、地上で国法を犯した罪ですが、「天つ罪」のうちの最初の三つは、「田の畔を壊すこと」「田に水を引くために設けた溝を埋めること」「 田に水を引くために設けた樋を壊すこと」を挙げています。

古代から、お米の生産は社会の基礎を支えるものであり、その秩序を乱す者には天罰を加えるという思想があったのです。

江戸時代には、米は現金と同じであり、幕府や大名の財政を支えるお金でした。米が不足することはお金が不足すること同じでしたから、その管理や取立ては厳重でした。その意味では、江戸時代、お米は瑞穂の国の伝統から、やや外れた時代だったかも知れません。

江戸時代に何度か日本全国を襲った飢饉の原因は米の不作でしたが、飢饉を更に悲惨にした原因は、現金として幕府や大名に引き渡された残りの米が大きく不足したからでした。米以外に現金として支払われる物資があれば、食料としての米の流通は実需に合わせて、もう少し弾力的に全国に配分されていたでしょう。

減反政策で休耕田があちこちに見られる今、「今年は日照りが続いたお陰で米は豊作だ」と言って喜んだ時代を思い出す人は希になりました。戦後のある時期まで、「日照りに不作無し」という諺が、実感を以て生きていたのです。

ところが、今はお米の増産が好ましくない時代になりました。先祖代々耕してきた田んぼを放棄させる減反政策が行われています。その根拠は、米作農民の所得を維持するために米価を維持し、米価を維持するために米の生産を削減すると言うものです。

田んぼは米の生産のために耕されますが、それ以外にも大きな働きをしています。田んぼには土壌や水質や気温や湿度と言った環境を柔和にする働きがあります。また、地下水の水位を保ち、表土の流出を防止します。昆虫や魚に棲息の場を与えます。これらの働きは畑では不可能です。田んぼの働きだけが、これらを実現しています。

お米は生命の源であり、一粒のお米も粗末にするなと教えられた時代は遠くなりました。田んぼは、多くの人手を掛けて長年にわたり造成されてきた貴重な資産ですが、農民の所得を維持するため採られた減反政策によって、人々はお米を軽んじるようになり、農民は田んぼを潰して平気になり、瑞穂の国は消えようとしています。

瑞穂の国のお米を早く本来の地位に戻して、日本人の基礎食料として生産し、穏やかで美しい国土を回復するよう、本来の農業政策に戻る日はいつ来るのでしょうか。さもなくば、やがて「天つ罪」の天罰が日本国民に下ることになるでしょう。
(以上)
【2019/07/04 21:44】 | 文明 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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