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黴は岩肌に絵を描く
1.黴-99D 1705q
写真1
2.黴-105D 1705q
写真2
3.黴-108D 1705q
写真3
4.黴-110D 1705q
写真4
5.黴-114D 1705q
写真5
道端に切り通しの土砂留めのための大きな岩が並んでいました。
地下水がしみ出すのか、大きな岩肌は常に湿気を帯びています。
その浅黒い岩肌には、所狭しと黴が生えていました。

花が咲いていれば人は見てくれますが、黴では誰も見向きもしません。
しかし、眺めている内に、黴の絵柄がうごいています。
よく見ると岩の表面の大きな黴の塊は色々な形をしています。
ですから同じ形の花を見るより面白いのです。
じっと見ていると、不思議な形の黴は何物かを描いているのです。

写真 1.プードル犬が歩いています。
写真 2.ミッキーマウスが笑っています。
写真 3.子犬がじゃれ合っています。
写真 4.蛸と烏賊が睨み合えいます。
写真 5.子供が追われて逃げています。

これらは、黴が長い年月を掛けて描いてきたものです。
その筆先は見えませんが、今も少しずつ描いているのです。
(以上)
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【2017/08/28 21:53】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鉛筆ビルが林立する大通り
1.江戸通り:浅草橋~蔵前一丁目交差点-07D 1606q
写真1
2.江戸通り:浅草橋~蔵前一丁目交差点-19D 1606q
写真2
3.第一京浜:大門~芝四丁目-40D 1607q
写真3
4.鴨川-10P 94t
写真4

東京の大通りを歩いていると、背の高く細長いコンクリートのビルが隣接して建ち並んでいる街並みを見ることが屡々あります。鉛筆を立てたようなので人は鉛筆ビルと言いますが、色も形も不揃いで、街並の美観という観点からも好ましくありません。

細長い数個のビルを合体して一つの大きなビルにした方が、経済的だし、地震にも強いと思うのですが、なかなかそうはなりません。夫々の土地の所有者は自由に建物を建設する権利を主張して、土地の統合利用には至らないからだと言われます。
(写真1、2)

大通りに鉛筆ビルが建ち並ぶ光景は外国では滅多に見られません。訪日してこれを見たある外国の識者は、日本の土地所有者は共同開発の協力精神に欠けていると評していました。背後に聳える大きな高層ビルの前で不揃いに並ぶ鉛筆ビルは滑稽ですらあります。
(写真3)

他方、京都の伝統的な町屋の街並では、間口の狭い二階建ての木造家屋が並んでいますが、建物の高さがほぼ揃い、瓦屋根と木造の色彩も揃っているので美しく見えます。間口が細分化されたことが却って街並に整然としたリズムを与えて、美観を造っています。
(写真4)

しかし、京都の町家の街並は、個々の商店が申し合わせて同じ規模の狭い間口にしたわではありません。間口の広さに応じて税金を課せられた結果、こうなったのだそうです。税金という公的強制力が美を産んだというのは皮肉なことです。

一部の自治体では景観法などで美観を損なわないよう建物の建設に際して指導していますが、自由な経済活動が許される現在では、大通りに面する建物の形態や色彩を強制するのは難しいようです。

しかし、もともと道路は公共物であり、大通りに面した土地は公共性が求められます。道路の容貌は両側に建ち並ぶ建物の容貌で決まります。ですから道路に面した土地の所有者は、大通りは街の顔だと考えて、街並の美観に配慮する義務があるのではないでしょうか。
(以上)
【2017/08/15 20:37】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
樹陰に涼を求めて美を発見した
1.木の陰-04D 1705qt

2.木の陰-03D 1705qt

3.木の陰-01D 1705q

4.木の陰-02D 1705qt

連日の酷暑を避けるため自然の涼を求めて外出しました。

秋には美しい紅葉に彩られた庭園は、深い緑に埋まっていました。

樹陰を求めて暫し歩みますと、樹林の影絵の中に立っていました。

その影絵は砂利道に敷かれた、芝生のようにも見え、簾のようにも見えました。

影絵を踏んで進むのをやめて、暫しそれを眺めていますと、それは樹木が描くシルエット・アートでした。

涼しさを求めて自然の美を発見した瞬間でした。
(以上)


註:写真は東京の東久留米柳窪にある、国の登録有形文化財「顧想園」の寸景です。

【2017/08/01 12:11】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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