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内濠の城門の美 大手門、清水門、桜田門
1.大手門-03D 1211q
写真1 大手門 全景
2.大手門:髙麗門-04D 1506q
写真2 大手門の髙麗門を内側から見た光景
3.大手門:渡櫓門-01D 1211qr
写真3 大手門の渡櫓門
4.大手門渡櫓門の鯱-02D 1503q
写真4 大手門渡櫓門の鬼瓦の鯱
5.清水門-16D 1506q
写真5 清水門全景
6.清水門-10D 1506q
写真6 清水門の渡櫓門
7.清水門-11D 1506q
写真7 清水門の内側の階段道
8.桜田門-04D 1504q
写真8 桜田門とその背景の丸の内超高層ビル群
9.桜田門-27D 1506q
写真9 桜田門全景
10.桜田門-19D 1506qr
写真10 桜田門の渡櫓門を背後からみた風景

江戸城は外濠と内濠で二重に囲まれていて、城郭に出入りするには、これらの濠を橋で渡らねばなりませんが、それらの橋の袂(たもと)には見附と称する見張りの門がありました。見張りの門の多くは、枡形門(ますがたもん)という、外側と内側の二つの門を持った矩形の石垣で囲われた堅固な門でした。

城門の役割は、外敵の侵入を防ぐと同時に、城郭に出入りする外部の人達に権威を示すものでした。従って、多くの城門には防衛上の機能と共に、その容姿に威厳を備えていました。

枡形門は、濠を渡ったところに建造されていて、外側の髙麗門(こうらいもん)と内側の渡櫓門(わたりやぐらもん))で構成されていました。枡形門を入る人は、先ず髙麗門をくぐり、石垣で囲まれた枡形の平地に立ちます。城内に入る者は、ここで手続きを済ませて、次の渡櫓門をくぐって城郭内に入ります。外敵が侵入したときは枡形の平地内に閉じ込めて成敗します。

俗に江戸城36見附と言われるように、往時は多数の見附門がありましたが、明治維新後にその大半は破壊されてしまい、完全な形で残っている見附門は少しかありません。

ここでは往時の原型をとどめている主要な三つの内濠の門、大手門、清水門、桜田門を取り上げます。

先ず、江戸城の玄関口である大手門から眺めてみましょう。
大手町のパレスホテル側から桔梗濠越しに眺めると大手門の構造が良く分かります。大手門の入り口に髙麗門があり、その右手に渡櫓門があります。二つの門は枡形の平地を囲むように、並列ではなく直角に位置しています。それは枡形門が、外敵が侵入したとき直進する力を削ぐ機能を重視しているからです。
(写真1)

秀吉が遠征軍を朝鮮に派遣した文禄・慶長の役の頃から髙麗門の名前が現れますから、朝鮮(髙麗)様式という程の意味でしょう。屋根は小さくて装飾も少なく、城内と城外とを仕切る機能に徹しています。現在は、大手門の髙麗門を内側から眺めますと、大手門に覆い被さるように丸の内の超高層ビル群が聳え立っています。江戸の遺跡と平成の東京のコントラストを見せつける光景です。
(写真2)

渡櫓門は二つの石垣の間を渡すように築かれるので渡櫓門と言いますが、進入路の上に被さるように建っている渡櫓門には、枡形平地に向いて縦桟の窓があります。この窓は、入場者を監視し、侵入者を攻撃する窓です。
(写真3)

大手門は江戸城の表玄関ですが、その他の内濠の枡形門と比べて特に壮大な造りということではなく、先に取り上げた「櫓の美」で見たような装飾もありません。強いて言えば、渡櫓門の屋根に飾られていた大きな鯱(明暦の大火の後に鋳造されたもので、改修工事のため枡形内に置かれている。)ぐらいです。
(写真4)

次に、江戸城の北東に位置する清水門は、清水濠と牛ヶ淵の間の土橋を渡ったところに建っていて、清水濠越しに清水門を眺めると、典型的な枡形の清水門の構造が良くわかります。こじんまりした清水門は周囲の風景に溶け込んで江戸時代の雰囲気を維持している城門です。
(写真5)

清水門は北の丸へ入る門ですが、高台にある北の丸へ行くには清水門の渡櫓門を抜けると左折して何段もの石段を上がることになります。清水門から北の丸に至るこの場所は、江戸時代の遺構を最も良く残していると言われています。
(写真6、7)

最後の桜田門は江戸城の南西に位置し、桜田濠と凱旋濠(がいせんぼり)の間の土橋を渡ったところに建っている、城郭の南口を扼(やく)する重要な門でした。桜田濠が終わる辺りから眺めますと、桜田門の髙麗門が両袖の長く白い塀を伸ばして建っており、その後ろに渡櫓門も同時に見えるので、桜田門の全貌が一目で見ることができます。更に、ここからの眺めは、桜田門の背後に屏風のように聳え立つ丸の内の超高層ビル群と、江戸時代の城門が対比して見える、貴重な場所です。
(写真8)

髙麗門と渡櫓門で構成された桜田門は、西方にある外濠の虎ノ門につながり、小田原口とも呼ばれた城門であり、大手門に次ぐ大きさと、大手門をしのぐ美しさを持っています。その上、三方を濠に囲まれている珍しい城門でして、正面の風景と共に、渡櫓門の裏側から見た風景も優れています。
(写真9、10)
(以上)
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【2016/03/27 13:55】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
江戸城 濠の美 千鳥ヶ淵と牛ヶ淵
1.皇居の濠端:牛ヶ淵-09D 1506q
写真1 牛ヶ淵
2.皇居の花見:千鳥ヶ淵-11D 1104q
写真2 千鳥ヶ淵
4.皇居の花見:牛ヶ淵-12D 1204q
写真3 牛ヶ淵の桜の枝
3.皇居の花見:千鳥ヶ淵-07D 1104q
写真4 千鳥ヶ淵の桜の枝
5.皇居の花見:千鳥ヶ淵-13D 1104q
写真5 千鳥ヶ淵 田安門近くの桜
6.千鳥ヶ淵緑道-02D 1506q
写真6 千鳥ヶ淵緑道
7.皇居の花見:千鳥ヶ淵-59D 1503q
写真7 北の丸公園から見た千鳥ヶ淵
8.桜-22P 96t
写真8 北の丸公園の土塁に咲く牛ヶ淵の桜
9.ボートと桜-13P 86t
写真9 夕日に映える千鳥ヶ淵の桜
10.桜-02P 86t
写真10 夕日に映える千鳥ヶ淵の桜

構築物としての濠の美しさよりも、景観としての濠の美しさに焦点を当てれば、千鳥ヶ淵と牛ヶ淵を筆頭に挙げることができます。この二つの淵(ふち)は、当初は江戸城の周りを流れていた谷川を堰き止めて、飲料水用に造成したダムでしたが、後に城防護の濠に転用したものです。

二つの淵は北の丸公園を囲うような位置にあります。北の丸の台地は、江戸城の中でも海抜の最も高い所でしたから、淵の上から低い水面をのぞき込む光景は、江戸城の中でも最も立体的に見えるダイナミックな光景となります。(写真1、2)

二つの淵が最も華やかに輝くのは、桜の花が咲く季節です。
二つの淵に咲く桜を観賞する際には、淵の縁(へり)の土手に立って、染井吉野桜が深い淵の水面に向けて太く長く黒い幹を下げて伸ばす桜花を眺めるのが最高です。このように樹の内側から桜を眺める視角は、千鳥ヶ淵と牛ヶ淵でしか得られません。染井吉野桜の黒い幹の古木が、桜の美を力強く表現する場所は、この場所しかありません。
(写真3、4)

二つの淵では、淵の縁にある手前の桜を内側から眺めることができるだけでなく、淵の向こう側の桜も同時に眺めることができます。淵を挟んで桜の内側と外側を同時に観賞出来るというのも二つの淵の花見の醍醐味です。千鳥ヶ淵越しに田安門が見える辺りの桜の風景は見応えがあります。
(写真5)

桜の季節には二つの淵には大勢の花見客が殺到します。特に常に混雑する千鳥ヶ淵には、淵の外側を巡る花見のための千鳥ヶ淵緑道が整備されていいます。それでも押しかける大勢の花見客を捌ききれずに、混雑を緩和するため花見の季節は緑道は一方通行となります。
(写真6)

落差の大きい二つの淵の桜の花を観賞する時には、桜の木を正面から見るのではなく、桜の木の裏側から見たり、或いは横から眺めたりすると、他の桜名所では見られない構図の桜を眺めることができます。北の丸公園側から千鳥ヶ淵の桜を眺めると、千鳥ヶ淵緑道から見るのとは違って、満開の桜の枝が淵の水面を覗き見するように垂れ下がって伸びている様がよく見えます。
(写真7)

二つの淵に面する北の丸城郭の擁壁は、石積みの部分は上部と下部だけで、真ん中は土塁のままです。上部を「鉢巻石垣」と言い、下部を「腰巻石垣」と言います。江戸城は、長大な濠を築くのに石材が不足しましたので、防備の必要性が低いところは、このように土塁のままにしました。桜田濠の擁壁も大部分は土塁のままでしたが、この二つの淵も土塁の擁壁の部分が多く、その土塁の部分に桜の木を植えたので桜の名所になったのです。
(写真8)

本居宣長は朝日に匂う山桜を愛(め)でましたが、染井吉桜は夕日に映えるのが最も美しいです。白っぽい染井吉桜の花弁は、夕日を浴びてピンク色に染まります。千鳥ヶ淵の桜は夕方に本当に美しくなります。
(写真9、10)
(以上)
【2016/03/18 13:59】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
江戸城 濠の美 平川濠と乾濠
1.皇居の濠端:平川濠-01D 06
写真1 平川濠の擁壁 右上の北桔橋門が見える。
2.濠の石垣-39P 96t
写真2 平川濠の擁壁の拡大
3.濠の石垣-21P 96t
写真3 平川濠の擁壁に並ぶ襞
4.濠の石垣-30P 96t
写真4 平川濠の擁壁の襞の稜線
5.皇居の濠端:平川濠(平川門内より)-03D 1510qtc
写真5 平川濠の擁壁の襞の部分
6.皇居の濠端:平川濠-05D 1212qt
写真6 正面から見た平川濠の擁壁
7.皇居の濠端:乾濠-01D 1212q
写真7 代官町通りから見た乾濠 
8.皇居の濠端:乾濠-04D 1506q
写真8 北桔橋の上から見た乾濠
9.壕と桜-01P 84t
写真9 乾堀の春の桜並木
10.紅葉-15P 96t
写真10 乾堀の秋の桜紅葉  

江戸城は城の象徴である天守閣を早い時期に失ってしまい、城郭内の建造物としては櫻田巽櫓、富士見櫓、伏見櫓の三つの櫓の他には見るべきものはありませんでした。城跡を示す建造物としては城門(御門)と濠の擁壁だけです。その濠の擁壁の中では、石垣作りで最も立派なものは平川濠と乾濠の二つの濠の擁壁です。

この二つの濠は天守台の北側の守りを固めるために造られたもので、平川濠と乾濠の、石垣積みの高い擁壁は、江戸城に残された石垣の中でも最も雄大で豪快なものです。天守台を後にして北桔橋を渡るときに、この二つの濠は同時に見えます。右側に平川濠、左側に乾濠です。

先ず平川濠を取り上げます。
一橋方面から竹橋を渡って代官町通りの坂を上っていくと、左手に幅広い平川濠が見えてきます。平川濠は深い谷川を濠に仕立てたものですから、濠の水面と天守台のある台地との間には大きな落差があります。

その落差をすべて石垣で築いたのですから平川濠の擁壁は雄大です。土塁を主体にした桜田濠が柔らな斜面でしたから女性的であるのに対して、平川濠は高く切り立った広大な壁面をすべて石垣で固めていますから男性的で豪快です。
(写真1、2:右上に小さく見えるのは北桔橋の城門)

しかも、その擁壁はのっぺりした平面ではなく、所々に縦に襞(ひだ)が付けてあります。これは高く広い擁壁の面にかかる土圧に対して擁壁を支えるための仕掛けであると同時に、擁壁をよじのぼる敵兵を攻撃する装置でもあります。

長い擁壁にはその襞が複数造られていて、斜め横から眺めると間隔を置いて襞と襞が並んでいて、平川濠の擁壁を力強く見せると共に、美しいリズムを与えています。
(写真3)

その襞の稜線の部分は白い石材で算木積みで強固にしています。算木積みとは、長い石材を交互に組み合わせて横揺れで崩れない石積みの仕方です。算木積みの石材に白い石を用いたことで、暗い擁壁に明るい模様を描きました。一方、石垣の擁壁のてっぺんには細長い白壁が横に伸びています。この横の白い直線と、縦の白い湾曲した襞の稜線とが組み合わされた平川濠の縁取りは、殆どアートと言える美しい模様となっています。
(写真4、5、6)

次に乾濠を見ましょう。乾堀は、一般の人が入れない皇居の敷地内にありますが、二ヶ所から覗き見することができます。

一ヶ所は代官町通りを上って北桔橋前を通り過ぎたところで、左手の樹木の隙間から乾堀の一部が見えます。そこは乾堀の内側の擁壁が直角に突き出て曲がているところです。擁壁ではありますが城郭の一部のような力強い石垣の構築物となっています。
(写真7:左端に見えるのは北桔橋門です。)

乾堀を垣間見るもう一ヶ所は北桔橋の上からです。北桔橋の上から乾堀を見ますと、皇居の奥へ湾曲して伸びる乾濠の外側の擁壁を見ることができます。丸みを帯びた擁壁は余り高さはなく、その擁壁に沿って桜の木が植えてあります。北桔橋の上から遠望する乾濠沿いの桜並木は、花の咲く春の季節も、葉が紅葉する秋の季節も、隠れた絶景です。
(写真8、9、10)
(以上)
【2016/03/07 13:19】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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