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魚を三枚に下ろす
                    氷見魚市場-03D 0702qc

日本では、小さな魚は丸ごと料理しますが、大きな魚は身と骨とを分離して料理します。このように骨と身を仕分けることを三枚に下ろすと言います。刺身を食べる習慣のあった日本では、かなり小さな魚からマグロのような大きな魚まで三枚に下ろしてから料理するのが普通です。

しかし、欧米では、大きな魚はぶつ切りにして料理するのが普通です。魚を生で食べる習慣はありませんから、小さな魚はそのままの姿で、大きな魚はをぶつ切りにしてフライパンで油炒めして、ソースを掛けて食べる魚料理をソテーと言います。

日本では、魚を油で炒める料理法よりも、焼いたり煮たりする料理法が好まれます。炒めるよりも塩焼きや煮付けの方が魚のもつ本来の味を生かせるからです。

日本料理では魚に限らず調理しない前の素材を生のまま食べても美味しいという食材選びを大事にしますが、その点で生の魚肉を食べる刺身料理は日本料理の原点かも知れません。

魚を三枚におろす技術は刺身を食べる習慣が産んだものです。三枚に下ろすにも魚の種類によって捌き方が違うそうです。鯖などの紡錘形の魚、鯛などの扁平な形の魚、大型と小型の魚などによって、夫々方法や手順があるそうです。

魚を三枚に下ろすことを「大名下ろし」と言います。中骨に魚の身が残る贅沢な下ろし方ということで、そう名付けられたそうです。しかし、腕の良い料理人は、殆ど骨だけ残して捌きます。

偶々、寒ブリの水揚漁港として有名な富山県の氷見フィッシャマンズワーフで、魚市場の魚屋さんが大型の魚を三枚に下ろしているところを見ました。見事な手捌ききでした。

魚の身を残さずにきれいに食べることを「猫またぎ」と言いますが、この魚屋さんは「猫またぎ」の料理人です。
(以上)
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【2015/03/29 10:53】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
伐り瘤の怒り
               1樹木の切瘤-13D 1501qtc
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都会の中心部はどこも高層ビルが密集して林立しています。人呼んでこれをコンクリート・ジャングルと言います。このコンクリート・ジャングルに潤いを与えるために街路樹が植えられています。

しかし、道路に沿って樹木を植えた歴史は古いのです。それも都会の道路ではなく街道に沿って樹木が植えられました。東海道の松並木や日光街道の杉並木は有名です。

外国に目を向ければ、3000年前にインドのカルカッタからアフガニスタン国境に至る幹線道路に街路樹が植えられていたと言います。また2500年前の中国、周の時代は都の道路に壮大な街路樹が植られていたと言います。

これらの昔の並木はコンクリート・ジャングルに植えられた街路樹のような目的ではなく、通行人を守るためのものであり、防風、防砂、防熱という重要な役割を果たしたのでしょう。それだけに街路樹の並木は大木であり、枝葉も濃く茂っていたでしょう。

現代の日本の都市の街路樹は、昔のような実用面よりも、装飾的な役割が大きいのです。美しく涼しげであることが求められており、常緑樹なら枝の姿形が、落葉樹なら葉の色彩が選ばれて植えられています。

ところが、街路樹が大きく成長し、人間の日常生活に不便を与えることもあります。例えば、木の枝が電線に引っかかるから、信号機が隠されて見えなくなったから枝葉を伐って欲しいと言われます。また、落ち葉が道路を汚すから、落ち葉で道路が滑りやすくなるから街路樹を伐採して欲しいと言われます。

こうして、コンクリート・ジャングルに潤いを与えていた樹木の枝葉が伐られたり、根こそぎ伐採されることが起きています。街路樹を邪魔者扱いにする人は、その恩恵を忘れた人です。ですから、枝葉を伐られた樹木の姿形など、気にもしません。

町を歩いていると、街路樹が切り刻まれて哀れな姿になっているのを時々見かけます。枝葉が繁るのは邪魔だということなのでしょう、伸びた枝を枝元から毎年伐り落とされた木が、伐られた先端を拳固のように突き上げて並んでいました。無骨な瘤を空に突き上げた街路樹の行列は異様な光景です。

これらの瘤は伸びる思いを断たれた木の執念の固まりです。木は怒りの拳を振り上げているのです。
(以上)
【2015/03/14 22:22】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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