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三番瀬は生き延びる
                   船橋市三番瀬:寺本マンションより-03D 0802qr
        千葉県江戸川河口近くの海の浅瀬、三番瀬に林立する海苔ヒビ

東京湾の最奥、江戸川の河口付近に海の浅瀬があります。船橋三番瀬海浜公園から沖合3キロメートルのところにあるこの浅瀬を三番瀬(さんばんぜ)と言います。

三番瀬の広さは1,600ヘクタールありますが、その内、水深1メートル未満の極めて浅い海面は1,200ヘクタールもあり、貝類や海苔の養殖場になっています。

このような浅瀬は、嘗ては東京から千葉にかけての海辺には沢山ありましたが、臨海部が工場用地や臨海都市用地のために埋め立てられて、今ではこの三番瀬だけとなりました。

古くから海の浅瀬は魚介類の棲息所として漁師にとっては格好の漁場でした。江戸前の寿司の材料は、文字通り江戸城の前の浅瀬の海で獲れた魚でした。

しかし、都市の産業化が進むと河川から放流される汚水で海水は汚れていきました。工業用地で埋め立てられ、都市の汚水で汚されて、江戸前の漁場は消えていったのです。

今では、東京湾底の汚泥は厚く積もってしまい、その除去は難しいそうです。たとえ除去が出来ても、その作業の過程で沈殿していた有害な泥土が攪拌され、海水が汚れる被害の方が大きいと言われます。

三番瀬は、在りし日の江戸湾の姿を遺す唯一の浅瀬です。そこでは江戸時代以来の海苔栽培が今でも続けられています。一方、千葉から沿岸流に乗って流れていった海苔の種がもとで盛んになった品川沖の大森海岸の海苔栽培は既に廃れました。

三番瀬の海苔ヒビは伝統的な固定張りの網で栽培されています。この栽培方法ですと、海苔は干潮で干されて満潮で海水に浸かるので、磯の香りが特に強いと評判です。

最近、この三番瀬について自然のまま残すべきだとの新しい議論が出てきました。それは従来の臨海部開発と漁業継続の衝突という議論ではなく、この海の浅瀬が陸上の生態系を維持する上で重要な役割を果たしているという意見です。

水鳥の生息地として重要な湿地を残そうとする運動(ラムサール条約)は世界的に広がっていますが、渡り鳥たちにとっては、三番瀬は近くの谷津干潟(習志野市)と一体であることが分かったからです。渡り鳥のために三番瀬を残すべきだとの意見です。

写真は、浦安市美浜から遠望した三番瀬です。対岸には船橋市の工場や都市ビルが迫っていますが、三番瀬には海苔ヒビが立ち並んでいるのが見えます。この海苔ヒビも渡り鳥たちによって救われるでしょう。
(以上)
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【2013/09/29 21:13】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
この頃の野菜は容姿端麗
                    野菜-02D 0804q

戦前は言うまでもなく、戦後もある時期までは、農家は肥料として人間や家畜の糞尿を肥料として使っていました。子供の頃、東京近郊の農村に遊びに出かけると、独特な肥やしの臭いが漂っていました。その臭いを子供達はお百姓さんの香水と陰口をたたいていました。当時は、今で言う有機農法が当たり前でした。

西欧都市では、近代までは住居の糞尿を公道に廃棄して不衛生極まりない時代が続いたそうです。それがコレラなどの伝染病の原因になったのですが、日本では、そのような不衛生な環境は江戸時代ですらありませんでした。糞尿は貴重な肥料であり、農家では自家消費して捨てるものではありませんでした。

人糞を田畑に撒いて肥料にする慣習は西洋にはなかったようです。アジアでも、人糞を農地に撒いて肥料にする慣習は日本、中国、朝鮮、ベトナムに限られていたようです。

ある農業研究者は、これらの国々を人糞農業圏と言っていました。現代では資源のリサイクルが盛んに叫ばれているいますが、人糞農業圏はリサイクル運動の先駆けであり、更に有機栽培の先駆者といえるのです。

子供の頃の夏休みは、母の田舎でひと月余り過ごすのが常でした。そこで食べたキュウリは曲がっており、トマトは凸凹であり、ナスの皮はヒビ割れしており、スイカはいびつでした。しかし、夫々の野菜には夫々の甘みや苦みや青臭さがありました。

化学肥料と農薬で清潔に栽培される野菜類は、姿と形は整い、それでも不格好な野菜は捨てられ、店先には容姿端麗の野菜達が並びます。しかし、見た目には良くても有害物質が含まれていたり、これらの野菜は固有の匂いと味が薄くなっています。

しかし、いま人々の間で自然農法で栽培された野菜類への関心が高まっています。オーガニク野菜に限定して調理するレストランも現れています。また、小規模ながらインタータネットで有機農場から直接購入する道も開けています。

不幸にして多くの人々は大量生産、大量販売の野菜の味しか知らないですが、やがて有機農法の野菜で本当の野菜の味を知れば、容姿端麗でなくてもよいから本来の味と匂いがある野菜が好まれるようになるでしょう。
(以上)
【2013/09/22 12:20】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビルマの竪琴
                    ビルマの竪琴-03D 0908q

今はミャンマーと云う国名ですが、嘗て英国の植民地であった頃はビルマと呼ばれた国が東南アジアにあることは大抵の日本人は知っています。古い名前のビルマの方が日本人に馴染みが深いのは、竹山道雄の小説「ビルマの竪琴」が二度も映画化されたことが大きいでしょう。

日本は第二次世界大戦でビルマまで進撃し、多大の損害を被って敗退しましたが、小説「ビルマの竪琴」の舞台は敗退後のビルマです。一人の日本軍兵士が、戦死した戦友たちの霊を慰めるため僧侶になってビルマの地に残る物語です。

出版当時、自国の兵士への追悼に力点が置かれていて戦争への反省がない小説だと、見当違いの批判が加えられましたが、竹山道雄はファンタジー童話として書いたので、完全なフィクションなのです。

映画では、帰国を促す部隊員と残留する一兵士との対話が音楽を通じてなされる場面が評判になり、そこで使われた楽器がビルマの竪琴でした。

竹山道雄は、音楽が心を通わせる会話の手段となり得ること、それが同一民族内に止まらず、民族を越えて通じ合えることを描こうとしたと言われます。

この作品の映画化で有名になったビルマの竪琴は、写真にあるように舟型の共鳴胴の先端に一本の弓棹が伸びていて、その弓棹から共鳴胴に16本の弦が張ってあります。弦をはじいて音を奏でるものです。

弦をはじいて音を奏でる楽器は、世界でも最も古い楽器の一つで、最初に出現したのは西アジア(中東)だと云われています。そこから西に伝わって西洋音楽のハープとなり、東に伝わって日本では琴となり、ビルマではこの竪琴になったのです。

管楽器がおしなべて音量が大きく音程も広いのに対して、弦をはじく楽器は静かでもの悲しいものです。ビルマの竪琴も、もの悲しい音を発し、姿形も優雅な楽器です。
(以上)
【2013/09/12 10:22】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
虫の声を楽しむ文化
1.説明文:道潅山虫聴-01D 0912qrc
写真1 道潅山虫聴の石碑
2.向島百花園-06D 0804qt
写真2 向島百花園の正門
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写真3 向島百花園の園内
4.向島百花園-48D 0908q
写真4 入口でこわごわと虫籠を受取る子供
5.向島百花園-50D 0908qt
写真5 和装で虫聴きの行事に参加したご婦人達
6.向島百花園-52D 0908q
写真6 虫籠から虫を放つご婦人達

日本では秋になると少しでも自然が残るところでは、虫の声が聞こえてきます。欧米人にはこの虫の鳴き声は雑音にしか聞こえないそうですが、日本人は、この虫の鳴き声を秋の風情を伝えるものとして楽しみます。

中国人も蟋蟀(こうろぎ)の鳴き声を聞いて喜びますが、それは2匹の雄蟋蟀をリングの上で闘わせて、勝った蟋蟀が叫ぶ勝ち名乗りの声を聞いて喜ぶのです。喜ぶのはリングの下で一攫千金を夢見る男たちですから、日本の風流とは全く異質のものです。

虫の鳴き声を聴いて楽しむこの優雅な趣味は、既に江戸時代からありました。明治の頃までは、東京の日暮里に近い道潅山が虫聴きの名所だったったそうです。道潅山には、明治の画家、尾形月耕が描いた道潅山での虫聴きの絵が飾ってあります。その絵には虫を虫籠に入れて持ち寄り、その虫たちを鳴かせて、周辺の虫に鳴くことを誘うという様子が描かれています。(写真1)

東京の虫聴きの名所としては、道潅山の外に、隅田川の白髭橋袂、隅田公園の牛島神社辺り、王子の飛鳥山などがありました。しかし今は、開発が進んだため都会では虫聴きをするような場所は無くなりました。

しかし、江戸時代以来の伝統の虫聴きの行事が、向島百花園で復活しています。向島百花園は江戸時代に梅屋敷として開園したもので、往時の文人墨客が梅見、月見などで集い、風流を味わったところでしたが、その後、園内には詩歌にまつわる草木が植えられて、武家屋敷の庭園とは大いに趣を異にする、草深い庭園となりました。(写真2、3)

従って、向島百花園は虫聴きを楽しむには打って付けの庭園です。虫聴きの会は毎年8月下旬に開かれています。草深い向島百花園でも自然の虫は少なくなったようで、夕方に来園する人々に鈴虫、松虫などが入った虫籠が渡され、人々は園内でその虫を放ち、鳴き声を聴くという風流な遊びです。

虫籠を怖そうに受け取る子供達も、和装の妙齢のご婦人方も、虫を虫籠から放すため庭園内に向かいます。(写真4、5、6)
(以上)
【2013/09/05 18:58】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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