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つつじの燃える季節
                  2.姫の沢つつじ-08P 90Y09t
                  写真1 熱海の姫の沢公園のつつじ
                  1.姫の沢つつじ-10P 90t
                  写真2 熱海の姫の沢公園のつつじ
                  4.塩船観音寺つつじ祭-01D 06qtc
                  写真3 東京青梅市の塩船観音寺のつつじ
                  3.塩船観音寺つつじ祭-43D 0704qtc
                  写真4 東京青梅市の塩船観音寺のつつじ

俳人与謝野蕪村は写実的な俳句を得意とし、「菜の花や 月は東に 日は西に」というスケールの大きな自然を詠んだかと思えば、「さみだれや 大河を前に 家二軒」というように点景を巧みに捉えて奥行きのある風景を詠みました。風景を観察するとき、対比の手法を用いて広さや深さを表現した蕪村は、さすがに映像的俳人です。

その蕪村の俳句に「つゝじ野や あらぬ所に 麦畑」 という句があります。これは、つつじの赤い色で覆われていた野山の陰から顔を出した緑の麦畑を見て詠んだものです。つつじと麦の色彩を対比した時の驚きが伝わってきます。俳画を得意とする蕪村ならではの俳句です。

関東地方では、つつじは5月の連休頃に満開になります。丁度その頃は野山は新緑で覆われていて、つつじの赤い色は一層際立ちます。蕪村でなくても、つつじの咲く頃の自然風景のコントラストには惹かれます。つつじの赤をアザレア色と言いますが、それは赤というよりも炎のような赤紫色です。

九州の雲仙岳や霧島山などでは自生したつつじが山を覆っていますが、そのつつじが開花するときには全山が真っ赤に染まり、正に「躑躅燃ゆ」と言う言葉が相応しい光景になるそうです。

つつじは、酸性の土壌を好む植物です。火山国の日本では酸性土壌は広く分布しているので、つつじの植生は全国に及びます。つつじの名所としては、先に挙げた九州の他に、関東では群馬県の館林、栃木県の日光、那須などが有名です。

また、つつじは昔から栽培されているので、新種、珍種のつつじも次々生まれています。つつじは剪定にも柔軟に反応するので、つつじ株を成形したり繋げたりして、造園するのに向いています。人工的に整備されたつつじ園は、自然のままのつつじ林とは違った美しさがあります。

熱海の姫の沢公園のつつじ、東京青梅市の塩船観音寺のつつじは、いずれも山腹を利用して造成されているので、立体感があって、自然林のつつじに負けない見応えがあります。縞模様に造形された姫の沢公園のつつじ園にも、水玉模様のように造形された塩船観音のつつじ園にも新鮮な驚きを感じます。(写真1、2、3、4)
(以上)
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【2013/04/26 12:15】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
死生観 西洋人と日本人との違い
                     外人墓地-04P 99r

西洋人と日本人とは物事の考え方に違いがありますが、人生の最大事、死についての見方の違いも大きいものがあります。

それでは、死についての西洋人はどう見ているでしょうか?

フランスのモラリスト、ラ・ロシュフコオは辛辣な人間観察者として有名ですが、彼はその箴言集で死を次のように言います。
「じっと見つめてはいられないものがある、太陽と死と。」

太陽は明るすぎるためですが、死は恐怖のためです。
ラ・ロシュフコオは言います。死を識る者は甚だ稀である。人は普通、覚悟して死ぬのではなくて、茫然として、しかも慣習によつて死ぬのである。そして、恐怖のため人間は死を直視することが出来ない、と言うのです。

自分自身の死でなくても、愛する人に死が訪れたとき、人は恐れ、悲しみ、死を呪います。このような死に対する否定的な態度は、感情的なものであり、論理的ではありません。

人が感情的に否定する死を、冷静に、論理的に観察した人が居ます。ガリヴァー旅行記で有名な風刺作家ジョナサン・スウィフトです。

彼は次のように言っています。
「死ほどに自然で、不可欠で、普遍なものが、神の摂理によって、人間への災いとして目論まれたなどということはあり得ないことである。」

ジョナサン・スウィフトの死への理知的な理解は、人々が抱いている神秘的な感情を解きほぐしてくれます。死の無い人生は耐えられないほど悲惨なものになり、死の無い社会は不健全になることは、少し冷静に考えれば分かることです。西洋人は死を現実として受け入れるのに、このような論理を用います。

それでは東洋人は死をどのように受け入れているでしょうか?

お釈迦様は、死もまた「苦」(思うに任せぬこと)であり、自分には自由にならないと語っています。人間は生まれるときが自分の意志でなかったように、死ぬときも自分の意志では決められないと言うのです。

また、仏僧でもあった兼好法師は、徒然草で「死期(しご)はついでを待たず」言って、死には順番など無いと言っています。人間にとっては「死に方」も「死ぬ時期」も、そのときの「巡り合わせ」によるのだと言うのです。

理知的に死を理解したジョナサン・スウィフトに対して、兼好法師は情感的に死を理解します。
「世は定めなきこそいみじけれ(世は無常だからこそ、すばらしいのだ)」と。

人間は他の動物に比べて寿命は長いけれども永遠に生き続けるわけにはいきません。もし終わりがなく生きながらえるとすれば、人間は「ものの哀れ」を解することも出来ない情けない存在になってしまう、と言うのです。

また、西行や芭蕉は、自然との結びつきの中に生きる意味を見出して詩歌を詠った放浪の詩人でした。彼らは、感情移入する自然に自らを没入して一体となります。その自然は、彼らにとって現世であると同時に、あの世でもありました。

西洋人は死を論理で受け入れるのに対して、日本人は死を自然なものとして情感のまま受け入れているようです。

人間が死に対して意識的に対峙するのに対して、動物の死は自然体です。巨体にも拘わらずその死体を人に見せない像、街中で無数に生息するのに滅多にその死体を人に見せない雀がいます。彼らどうして跡形もなく消え去るのでしょうか? 彼らは「死に方」と「死ぬ時期」を知っているのです。

写真は函館郊外の外人墓地です。そこでは西洋人も日本人も仲良く同居しています。
(以上)
【2013/04/18 16:10】 | 人生 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
蝋燭の炎
                    六郷-37P 97

蝋燭(ろうそく)の光は暖かく感じます。電灯に比べて蝋燭に暖かさを感じる理由は色々あります。炎には熱のイメージがあるから暖かく感じる、或いは炎の揺らぎが暖かさを与える、或いは、そのような心理的な理由ではなく、炎の色が赤みを帯びているから暖かく感じるなどです。

人類は熱と光を太陽から与えられて生きてきました。太陽からの熱と光なしに人類は存在出来ないので、あらゆる宗教の根源には太陽への畏敬と感謝の念があります。拝火教として有名なゾロアスター教は、人類最古の宗教であり、その後の全ての宗教が説く善悪二元論はゾロアスター教から受継いだものです。

地上の火は太陽の代理人であり、人類は火を生活の実用に使うようになっても、火に対して特別の宗教感情を抱き続けました。それは現在の宗教で祈りの場所で蝋燭を灯すことで分かります。

キリスト教のミサでは蝋燭を灯すことが義務づけられていますし、祈祷では灯した蝋燭を手に持って礼拝に参加します。仏教でも法事のとき仏前への蝋燭点灯は焼香とともに欠かせない手続きであり、神道でも神道禊教(みそぎきょう)の祭祀では清浄を保つため必ず蝋燭点灯が行われます。

夫々の宗教で蝋燭の灯火について意義づけは異なりますが、灯火は闇から光の世界への象徴であり、絶望から希望への印であり、祈りの場の浄化になるからでしょう。

蝋燭の製造については日本は独自の歴史を持っています。蝋燭は奈良時代に中国から伝わったと言われますが、日本では蝋燭は櫨(はぜ)の実から採取された原料で作られてきました。

櫨から作った蝋燭は和蝋燭と言われ、パラフィンを原料とした洋蝋燭よりも、灯の光は強くて明るく、それに長持ちするそうです。和蝋燭は洋蝋燭より油煙が出ないので、祭場の金箔や金属器に悪影響が少なく、寺社では重用されています。

和蝋燭は原料の櫨の採取に手間がかかり高価なので、いま一般に使われているのは洋蝋燭です。和蝋燭は地方で工芸品として少量生産されています。

嘗て白川郷を訪ねたとき、岐阜県飛騨の古川で三嶋和蝋燭店に立ち寄り、生産現場を見学しました。そこでは色も形も色々な蝋燭が作られていました。和蝋燭は融点が低く、直接手で扱える程度の熱さなので、蝋燭は殆ど手作りだそうでうす。

他方、洋蝋燭は少数の企業が大量生産しています。その洋蝋燭にも善し悪しがあるそうです。蝋燭が燃えていくとき芯が斜めに傾く蝋燭は、炎が一定の大きさに保たれて安全だそうです。芯が垂直に立ったままの蝋燭は、炎が大きくなり過ぎて燃焼が不安定になり良くないそうです。

最近は、宗教上の儀式以外でも蝋燭は復活しているようです。レストランなどでは高級感を出すため電灯を暗くしてテーブルに蝋燭を灯すところもあります。誕生日にケーキに蝋燭を立てて吹消す祝い事も健在です。災害時に備えて蝋燭を備蓄する家庭も増えています。

それでも、やはり蝋燭は精神的な装飾に向いています。東北の街角でお地蔵様に備えた沢山の蝋燭が灯っているのを見て、人々の信仰の厚さを感じました。
(以上)
【2013/04/07 14:46】 | 文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
都内の隠れた桜の名所
                                  1.大場川:さくら-02D 1303q
                                  写真1
                          2.大場川:さくら-04D 1303q
                          写真2
                  3.大場川:さくら-12D 1303qt
                  写真3
         4.大場川:さくら-25D 1303q
         写真4
5.大場川-31D 1303qt
写真5

東京では桜の名所はどこも花見客が押しかけていますから、人混みをかき分けてたどり着いたところで場所取りに努めねばなりません。周囲は花見客で溢れていますから賑やかに騒いで花見を楽しむ人たちには良いのですが、桜の花だけを眺めて心静かに過ごしたい人には、世間で言う桜の名所は不向きです。

しかし、探せば東京にも花見客が少ない桜の名所はあります。その場所は東京は葛飾区の北の外れ、埼玉県との境界を流れる大場川の土手の桜です。大場川は江戸川と中川を繋ぐ川ですが、殆ど流れはない濠のような川です。

そこへ行くには足の便が少々悪いのですが、常磐線の金町駅からバスに乗って水元公園の北端の水元五丁目で下車すれば歩いて数分の所にあります。長い大場川の土手に古木の桜が並んで咲く景色は見事です。(写真1、2、3)

隠れた桜の名所と言いましたが、ここの名所には大きな難点があります。それはゆっくり桜を観賞する場所がないことです。桜並木に沿って、ということは土手に沿って片道一車線の自動車道が走っていて、その脇に人一人通れる細い歩道があるだけです。うっかり桜に見とれて歩道から車道に出ると自動車にはねられます。(写真4)

花はあっても花見のスペースがなければ桜の名所にはなれないのは当然です。
そこで提案ですが、桜が咲く間だけ自動車の通行を止めて歩行者天国にしたら如何でしょうか? 
それと同時に、大場川に舟を浮かべて水上から桜を眺めるサービスを始めたら如何でしょうか? 

幸いこの付近の大場川はレジャーボートの係留地ですから、休憩中のレジャーボートの一時活用にもなります。その時にはレジャーボートの陸上の保管地が空きますから、そこに花見客を招き入れて大場川越しに対岸の土手の桜を楽しめます。(写真5)

ついでに言えば、将来は近くの水元公園北端にある「かわせみの里」にも桜の木を植えて、この辺一帯を桜の名所に育てたらよいでしょう。東京都最大の広さを誇る水元公園は、広さは素晴らしいのですが、ポイントになる場所がないのです。そうすれば桜の名所は公園の目玉になり、水元公園への来場者が増えるでしょう。
(以上)
【2013/04/01 14:18】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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