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東洋人と西洋人の孤独感と幸福感
                     1.アーハウス-03Pr

人は皆、老いて一人で死んでいきます。その時、若いときには感じたことのない孤独感にさいなまれると云いますが、東洋人と西洋人ではその孤独感は大分異なるようです。

心理学者で文化庁長官でもあった河合隼雄氏は云います。
西洋人の孤独感は独立峰の頂上に一人置かれて感じるものであり、東洋人の孤独感は深い谷間に閉じこもって感じるものであると。

西洋人が見る死の際の光景は、独立峰の頂上で見渡す限り空を見るだけで、過ごしてきた世界は遙か彼方の下界にあります。頼るのは自分だけであり、ここで神と一人で対峙する不安は極限に達するでしょう。教会の尖塔は天を目指す信仰心を表すと云いますが、死の際での人々の心境をも示します。(写真)

東洋人が見る死の際の光景には、人々と別れる寂しさはありますが、自然に還る安らぎがあります。深い谷間は母の胎内を連想し、生まれ出たところへ戻る気持ちになります。

理想郷と言うものに対する東洋人と西洋人のイメージはかなり違います。理想とする最後の世界を東洋人は桃源郷と言いますが、西洋人はユートピアと云います。ユートピアは人工的に完成された理想的な場所であり、桃源郷は森林草木が造り出す自然界です。

幸福感を感じる場所も、孤独感を味わう場所も、東洋と西洋ではかなり違うようです。個人主義思想はキリスト教と深く結びついていると言いますから、このような東西の差異が生じたのは、キリスト教が普及したローマ帝国の末期からかも知れません。

司馬遼太郎は「この国のかたち」で次のように書いています。
「(日本では)村落も谷にできた。近世の城下町も、谷か、河口の低湿地にできた。」
「中国の場合、揚子江流域は稲作地帯で、谷を好んできた。「老子」にいう”谷神ハ死セズ”の谷である。」

東洋では山や丘に囲まれた低地こそ人々の住む所であり、豊穣の恵みをもたらす場所でした。桃源郷は、山奥の穴をくぐると草木と樹木が茂り、花が咲き乱れ、小鳥が啼く平穏な農村として、陶淵明の詩に描かれています。

輪廻再生を説く東洋の仏教には楽観を感じますが、神の裁きを待つ西洋のキリスト教には悲観が漂います。自然と同化することが幸せと捉えた東洋思想の桃源郷には連帯感がありますが、汝の隣人を愛せと説いた西欧思想のユートピアには孤独感があります。
(以上)
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【2012/12/27 13:23】 | 人生 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
晩秋に身繕いして踊るプラタナス
   1.樹皮模様-70D 1202q
   写真1
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                  写真2
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パリのシャンゼリーゼ大通りは、マロニエ(栃の木)とプラタナス(鈴懸の木)の並木道としても有名ですが、東京の街路樹にはプラタナスが多いようです。プラタナスは、夏は日陰をつくり、冬は葉を落として、太陽の熱を調節するので好まれるのでしょう。

晩秋にプラタナスは葉を落としますが、その落葉はイチョウのように長く路上に残らず、ケヤキのように汚らしく散らず、軽やかに風に飛ばされて消えていきます。そして葉を落としたプラタナスの樹幹には、パッチワーク刺繍のような美しい模様が描かれています。
(写真1、2、3)

葉を落として身軽になったプラタナスは、伸ばした小枝の先に少しばかりの枯れ葉をつけて、ヒラヒラと風に振るわせます。腰をやや曲げてしなを作ったプラタナスもあれば、まっすぐに背伸びしたプラタナスもあります。(写真3、4,5)

晩秋のひととき、パッチワーク刺繍の衣装をまとい、少しばかりの色づいた枯れ葉を風にひらめかして、踊る姿のプラタナスを眺めながら散歩するのは楽しいものです。
(以上)  
【2012/12/17 22:19】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
騒色、騒音をまき散らす広告専用車
都市の色公害の多くは、建物に付置される広告塔や建物に描かれる広告画面のどぎつい色彩によるものです。人目を引くために、色とりどりの原色を画面いっぱいに塗った広告が街に溢れています。ヨーロッパの国には、交通信号の色と紛らわしい赤系統の彩色は禁止している国があるそうですが、日本ではそのような制限もありません。

日本では公道で「騒音」を出しても、西欧のように厳しく取り締まられませんが、「騒色」については全く野放しの状態です。街頭演説や街宣車の騒音の取り締まりが緩いのは、言論の自由の権利を守るためだそうですが、「騒色」についても表現の自由の権利を守るためとでも言うのでしょうか? 牽強付会の理屈です。

街の建築物への広告が放置されたままなのに、更に街中を走る車に広告を載せることが流行っています。ことの始まりは都バスに広告を載せたことでしたが、車体一面に広告を描いたバスが街中を走るようになって、最初は首を傾げていた人々も余り批判しなくなりました。

それを追いかけるように、長い車体いっぱいに広告を載せた電車、山手線が現れましたが、こちらの方は廃れました。専用軌道の電車では宣伝効果が限られると判断したのでしょう。

しかし、その後も路上の移動広告は広がりを見せています。人や物を運ぶ代わりに広告塔だけを乗せて走る大型トラックが路上に現れました。混雑する街路に割り込んだ大型トラックは、巨大な広告塔を路上で引き回し、ノロノロと走るのです。(写真1)

これらの広告専用車は道路を本来の目的に使っているのではありません。逆に、まともに道路を使う自動車の通行を妨げるという、極めてグロテスクなものです。広告専用車が道路の渋滞に割り込むと、車の流れは一層遅くなり、それだけ宣伝効果が高まると言うのですから皮肉です。

広告専用車の台車は、大型トラックから長いトレーラーまで大型化しています。大画面の宣伝画面は見苦しく、その車が放送する大音響の音楽は、街行く人々に不快感を与えます。広告専用車は、言うなれば「騒音」と「騒色」の運搬車なのです。(写真2)

東京で通行人と店舗の集積密度が一番高い街は渋谷なので、広告専用車の宣伝効果が最も高いのは渋谷の街だそうです。そのため渋谷の街路では広告専用車をよく見かけます。

都市の「美観」は、住民の「美感」に依存しますから、住民からの反対の声が上がらないと、移動広告車による「騒色」と「騒音」は容易には無くならないでしょう。
(以上)


2.公園通り-04D 03q
写真1 交通量の多い狭い公園通りを行く広告専用車

1.渋谷交差点-03D 0501qc
写真2 渋谷ハチ公広場の交差点を行く広告専用車
【2012/12/12 21:05】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
色公害の判断は難しい
                      1.山姿-13P 88q
                      写真1 奥多摩の秋
                      2.イタリア文化会館-03D 0704q
                      写真2 イタリア文化会館
                    3.八重洲口-04D 1211qr
                    写真3 東京駅前(八重洲口)
                    4.靖国通-04D 0611qt
                    写真4 新宿東口(靖国通り)

 「騒音」という言葉は聞きますが、「騒色」という言葉は聞き慣れない言葉です。この言葉は、色公害を論じた新聞記事で使われた新造語です。「騒音」がうるさい音ですから「騒色」とはうるさい色のことです。

「騒音」は他人を不愉快にさせる音です。周囲の音より極端に大きな音、神経をいらだたせる音などは、早くから法律で取締まりの対象になっています。空港周辺の航空機騒音防止法や工場の騒音規制法などで規制されています。

しかし、長い間、建物の色彩について色公害として規制する法律はありませんでした。街の景観を悪くする高い建物やそれに設置される広告塔などについては、具体的な基準を設けて規制している地方自治体はありましたが、色彩については基準を設けることが難しいので規制していませんでした。

その後、多くの地方自治体では建築物のデザインや色彩などを規制する動きが出てきて、その中で「騒色」も規制できるようになりました。しかし、色彩については感性が働く余地が大きく、具体的なケースで景観に有害か否かの判断を下すのは、現実にはなかなか難しいものです。

嘗て、東京都千代田区にあるイタリア文化会館の赤い外壁は、周囲との調和を欠くとの議論がありました。イタリア人の美観からするとセンスの良い色彩なのでしょうが、近所の人達からは周囲に馴染まないと言う苦情が多数寄せられたのです。

色彩感覚は風土と関係が深いようです。日本人は原色のどぎつさを好みません。それは日本の自然の色彩が多様な中間色で満ちていることと関係があります。日本人の色彩感覚は、何千年もの間、このように四季折々の自然の色彩で育まれたものです。着物の綾錦の柄は日本の自然風景から学んだものです。

例えば、外国の秋の野山は、赤一色、黄一色に染まり、澄んだ空気のなかに鮮烈な色彩美を誇りますが、日本の秋の野山は、赤と黄と緑と茶が入り交じり、多様なグラデーションで彩られます。その上、湿潤な空気に満ちた日本では、春は霞、秋は霧で自然は微妙で深みのある色合いになります。(写真1)

イタリア文化会館は、千鳥ヶ淵の裏側の、美術館や大学が並ぶ、緑の多い内堀通りに建っています。文教地区の静かな風景に文化会館の赤色は似つかわしくないと言うのですが、その色は真っ赤というのではなく、茶系統の落ち着いた赤色です。それでも周囲の景観に馴染まないと感じる日本人が多数居ることに「騒色」問題の難しさがあります。(写真2)

他方では、繁華街の建物の色や看板の色に対しては多くの日本人は無頓着です。繁華街の中心部を見回すとあらゆる色が無秩序に自己主張しています。この様(さま)をある建築家は万華鏡のようだと言い、建築評論家は無秩序の秩序と言って、「騒色」だと批判しないのは不思議なことです。(写真3、4)

明治以来、日本の都市景観は悪化の一途を辿ってきましたが、色公害も景観悪化の大きな要因です。その反省を全くしないで、渋い赤色のイタリア文化会館を「騒色」と騒ぐことは如何なものでしょうか。
(以上) 
 
【2012/12/03 21:45】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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