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写真が過去と結びつく理由
高齢者になって社会から身を退いて暇になると、学校や職場の昔の友人や仲間と会う機会が増えます。会合の最後に、記念に集合写真を撮ることがあります。みな素直に仲間と並んで写されますが、中には今更この年齢で写真なんか要らないと冗談に言う人がいますが、これは本音です。

先行き短い者に現在の記録を残しても、それに関心をもつ者はいずれ消えていきますので、その写真を見る人も居なくなりますから、同窓会や OB 会の写真は要らないというのは本音なのです。

それに対して、若い頃、仲間と一緒に撮った写真は、懐かしく捨てがたいものです。自分が写った写真でも、若ければ若い時の写真ほど思い入れは強くなります。写真は古いものほど貴重なのです。

古い写真に不思議な魅力を感じるのは人物写真だけではありません。自分が嘗て住んでいた所や屡々訪れた所を写した写真を見ると、当時のその場所にまつわる記憶が戻ってきて、言葉だけでは伝わらない不思議な感情が蘇ってきます。

この写真の働きを、スーザン・ソンタグは「写真論」で次のように述べています。
「写真の発揮する魅力は死の形見であるが、同様にそれはまた感傷への招待でもある。写真は過去を優しい眼差しの対象に変え、過ぎ去った時間を眺める普遍化した哀愁によって道徳的差別をごちゃまぜにし、歴史的判断を取り去るのである。」

絵画でも文学でも音楽でも芸術というものは、時代を予見したり予言したりして、将来を先取りするものですが、スーザン・ソンタグによれば、写真は「現在を過去にする」のであり、「写真に撮られたものは、その時から過去に向かって去って行く」と言うのです。

写真が過去と結びつくことを違った言葉で語った写真家に木村伊兵衛がいます。木村伊兵衛は近代日本写真界のパイオニアと言われた人ですが、周囲の日常的な情景をさりげなく撮影して「五十年、百年後に見られるような写真を撮りたい」と言っていたそうです。

木村伊兵衛の弟子の田沼武能氏(現在、日本写真家協会会長)は「木村の写真は年を経るに従い写真が語る度合いが強い」と述べていましたが、これも写真が過去と結びつくことの重要性を指摘した言葉です。

スーザン・ソンタグは「写真論」でアメリカの写真の歴史の変化を次のように述べています。
「(写真家)ウェストンの映像はいかに見事な、いかに美しいものであろうとも、多くの人びとにとっては興味が薄れてきた一方で、たとえば十九世紀半ばのイギリスとフランスの素朴な写真家やアツジェが(パリの街を)撮ったものはますます心をとらえるようになる。」

ウエストンやカルチエ・ブレッソンは写真に形態や構図の美を見出しましたが、「変わりゆくニューヨーク」を撮影したベレニス・アボットは、ニューヨークがすっかり変ってしまう前に記録しておきたかったと、淡々とニューヨークの街を撮影しました。ここには、木村伊兵衛が平凡な日常風景に意味を見出そうとしたことと共通の意識があります。

写真が過去と結びつく最大の理由は、やはり写真の本質がドキュメンタリーにあるのだと理解しました。
(以上)
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【2012/10/30 22:49】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
眺めて楽しい秋の雲
1.雲-08D 0711q
写真1
2.雲-10P 02t
写真2
3.雲-09P 96t
写真3
4.雲-47D 1209q
写真4
5.雲-58D 1210q
写真5
6.雲-52D 1210q
写真6

秋の空は、変わり易いことから浮気心に喩えらるますが、秋は季節の変わり目で屡々寒冷前線が通過して、短期間に風雨の襲来が繰り返されるからです。

反対に、秋の空に浮かぶ雲は、四季のうちで最も美しく、かつ、変化に富んでいて、雲を見て一番楽しいのは秋の空です。秋の雲が美しく見えるのは、秋は空気が透明になるので、空はいよいよ青くなり雲の輪郭がはっきりするからです。それに秋の雲は、その形が色々に変化するので見飽きません。

そのため、秋の雲には、その形の特徴から、俗称で、さば雲、いわし雲、うろこ雲、ひつじ雲などと、色々な名前が付けられていますが、これらの雲は、すべて巻雲(けんうん)と言われるものです。

この巻雲は、気象学的には気温が低い対流圏の上層部で発生するので、雲の成分は小さな氷晶の粒で構成されています。そのため、雲はあまり濃くならず、空広く平面的に広がります。また、この氷晶の層は、落下しながら蒸発するので、尾を引いたようになり、雲の層に濃淡が現れるのです。

上に掲げた最初の写真は、右側には勢いよく刷毛で絵の具を伸ばしたような巻雲が、左側には羊の毛のような塊の巻雲が、同時に現れた珍しいケースです。(写真1)

次の二枚の写真は、点々と細切れの雲が同じような形で並んでいます。魚の鱗のように見えるので「うろこ雲」と言えるでしょう。夕焼けに照らされた鱗は特に綺麗です。(写真2、3)

四番目の写真は、右側半分には、刷毛で掃いたような巻雲と、まだら模様の巻雲が繋がって現れています。左側半分に走る経ての太い鼠色の二本の雲は、弱い寒冷前線の雲かもしれません。前線を伴った巻雲はダイナミックで絵になります。(写真4)

五番目の写真は、そのまだら模様が空一面に広がった秋の空です。これも巻雲の一種ですが、波打つ長い雲が幾重にもなって並ぶ様は、海の波を想像させて、空が海に見えてきます。(写真5)

最後の写真は、その雲の波が短くなって秋空に残り、天空への階段のようです。秋の雲をもっと見たいなら、この階段を上っていきましょう。
(写真6)
(以上)
【2012/10/22 20:21】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
朝顔は秋の花
                                  1.入谷朝顔市-28D 0707qt
                                写真1 入谷の朝顔市 浴衣姿の子供
                             2.入谷朝顔市-17D 0707qt
                           写真2 入谷の朝顔市 浴衣着が似合います。
                     3.根津:草花-04D 1110qtc
                     写真3 ノアサガオは家の壁を二階まで這い上がります。
             4.あさがお-03D 1108qt
             写真4 10月でもノアサガオの葉は青々としています。
      5.朝顔-01P 96qc
      写真5 俳句を絵にしたような情景です。
           福島県喜多方の街で見つけました。

朝顔は、江戸時代に観賞用として広く栽培されていました。その伝統は今も続いていて、毎年7月初旬に開かれる東京入谷の朝顔市は盛会です。人々は浴衣姿で朝顔の鉢を買いに来て、翌朝から早起きして鉢植えの花の咲き具合を楽しむのです。ですから朝顔はてっきり夏の花と思っていました。(写真1、2)

しかし、夏も過ぎた秋も中頃に街中を歩いていると、垣根や家の壁面一面に紫色の朝顔の花が咲いているのを時々見かけます。この朝顔は、秋深く冷気が身にしみる頃になっても枯れることなく、こんもりと葉を茂らせて沢山の花をつけています。(写真3)

夏に朝顔市で買った鉢植えの朝顔は、添え木に華奢な蔓を伸ばして、何度も大きな花弁を開きますが、秋遅くまで戸外に茂る朝顔は、大きな葉を沢山つけ、強靱な蔓を四方に伸ばし、シンプルだが濃紫の花を咲かせます。この蔓草のような生命力を持つ朝顔は、ノアサガオと言い沖縄原産だそうです。(写真4)

加賀千代女の有名な俳句に「朝顔に つるべ取られて もらひ水」と言う句がありますが、千代女の井戸のつるべに巻き付いたのは、多分このノアサガオの蔓だったのでしょう。そう解釈すれば、俳句で朝顔が夏ではなく秋の季語だというのも納得できます。(写真5)
(以上)
【2012/10/12 15:07】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
菊 多様で多彩で重厚な花
1.菊-06P 95q
写真1 農家の庭に咲く菊
2.菊-01D 1011q
写真2 厚物咲の菊の花弁
               3.菊:大菊-02D 0711qt
               写真3 厚物咲の大菊の展示場
               4.菊:一文字菊、管物菊-05Dqt
               写真4 一文字菊と管物菊の展示場
                              6.菊:懸崖作り-01D 0711qt
                              写真5 懸崖作りの菊

                              5.菊-02Pq
                              写真6 懸崖作りを真上から見る。

桜は日本の国花ですが、菊も日本国を象徴する花です。皇室の紋章は菊です。また、日本の大使館の玄関にかざる紋章は菊ですし、日本人が外国に行くとき携行するパスポートの表紙には菊のデザインがあります。

桜が春を代表する花なら、秋を代表する花は菊です。桜は華やかに咲いて、あっと言う間に散りますが、菊は時間をかけてゆっくり咲いて、長く咲き続けます。

伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を映画化した「野菊の如き君なりき」では、楚々とした恋人の少女を野菊の花に喩えていました。野生の野菊は一見寂しそうに咲きますが、実は丈夫な多年草植物です。その強靱な生命力を生かして品種改良が重ねられ、いま私たちが眼にする菊の大半は品種改良された人工栽培の花です。(写真1)

菊は多様かつ多彩であると同時に重厚な花です。中山義秀の小説「厚物咲」では、一人の老人が他人に負けない見事な分厚い花弁の菊を栽培しようと、人に知られないように密かに栽培する様が描かれています。菊作りに執念を燃やすこの老人は、片意地で非情な心で「厚物咲」の菊を見事に育てるのです。(写真2)

そうしてみると、菊という植物は、一輪の花弁でも人間の創造的栽培に、きめ細かく反応する植物だということが分かります。こうして栽培される菊の花の種類には、大菊、厚物、厚走り、管物、一文字などの名称がつけられています。それらを見ていると菊の花弁は人間の手で柔軟に変化することが分かります。(写真3、4)

また、菊は容易に枝分かれする茎を持っているので、一本の菊から色々な形の菊花の房を造形することが出来ます。花房を組み合わせて見せる菊の仕立て方には、三段仕立て、懸崖づくり等があります。菊人形が作れるのも菊の茎が柔軟かつ強靱だからです。(写真5、6)

菊は中国から薬草の一種として輸入され、その地味な性格から当初は花としての関心が持たれませんでした。しかし江戸末期には日本で改良された菊が西欧に輸出されると、菊は日本の花として知られるようになり、世界の花、キクとなりました。
(以上)
【2012/10/05 10:19】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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