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ドキュメンタリー写真の力
写真は、ある時の、ある所の、ある状況を記録に留めます。一枚の写真は、百万の言葉で語るよりも雄弁です。その意味で報道写真は社会で重視され、大いに発達しました。テレビは当然のことながら文字表現を主たる手段とする新聞や雑誌でも「絵はないか?」と写真を探し回ります。

しかし、一枚の写真の伝える内容には限界があります。何故なら写された状況は、事実の全部ではなく時間的にも場所的にも一部に過ぎないからです。その一部を以て全体像を想像させるのです。これは危険なことです。写真は雄弁なだけに特に注意して読まねばなりません。

映画やテレビドラマのフィクションについても、原作とその映像化との間にはギャップが生じることはよく知られています。原作を実像とすると、映像化は虚像になることがあります。最近の実例として司馬遼太郎の「坂の上の雲」のテレビ映画化がそれでした。この場合は報道写真とは違って、原作を読めば膨らむ想像力を映像化でそぎ落とした、逆のマイナスでした。

それでも、リアリズム文学のモーパッサンが数十ページの文章で一つの部屋の状況を描写するところを、一枚の写真は一瞥で語り終えます。文章で描かなかったベッドや机椅子のディテールまで写真は描写します。

写真は、過去を記録する手段としては抜群の力を持ちます。文章は、思出を想像力豊かに表現できますが、写真は余分の想像力が働くことを制限し、じかに事実を突きつけます。そして、その事実の映像が回想を喚起し、更に豊かな想像まで生み出すのです。

下の写真は、半世紀余り前に青函連絡船に乗ったときのものです。四本の煙突から黒煙を濛々と吐き出しながら連絡船は数時間かけて青森から函館に航海していました。台風で沈没した悲劇の洞爺丸よりもずっと古い形の船です。

私は、この煙突の黒煙を見ると、三等船室の畳の大部屋で雑魚寝して北海道に渡ったときの思出が次々と思い出されて、懐かしくなります。さらには函館から列車に乗って長万部駅で茹でたての毛ガニを買って食べたことなど思い出すのです。
(以上)
 

                    原田、青函連絡船-01P S34t
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【2012/01/29 13:49】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
都市空間の造形 横浜みなと未来のケース
                   MM21-29D 1201q

都市空間を体系的に整備する試みとしては、かつて19世紀にオスマンにより断行されたパリ大改造計画が有名です。

このパリ大改造は、複雑で非衛生的となった街を、近代的で快適な都市に造り替えることが目的でしたが、そのために造った放射線状に伸びる幅広い街路と、それに面して立ち並ぶ建物の高さを統一したことで、そのパリの都市空間に画期的な美しさを与えました。

しかし、パリのように人工的に改造した都市に限らず、西洋の主要都市は、自然発生的に誕生した都市でも市庁舎や教会を中心にして都市が建設され、その建物の形態と色彩は統一されていて、美しい都市空間を形成しているケースが多いです。

そのような伝統的な西欧の都市の内部にも、最近は逐次高層ビルが建つようになり、都市の立体的空間の程よいバランス、即ち秩序感が失われつつあります。これは業務機能が増大する都市に顕著に現れます。よく言えばダイナミックに、悪く言えば無秩序に都市は発展しているのです。

特に日本の大都市、東京や大阪では、経済性や利便性が優先されて、狭い土地を目いっぱい利用するので、林立する都市ビルが構成する都市空間は無秩序そのものになります。もともと日本には都市空間を美的に整備するという意識が少ないのですから、これも仕方がないことです。

ところが例外があります。横浜みなと未来地区の都市開発は、都市の立体的空間を造形しようとする、濃厚な意識のもとに実現した、日本では珍しいケースです。

横浜みなと未来地区は、開発前は三菱重工横浜造船所と国鉄高島線の操車場などのあったところで、広大な用地が一括開発できるという幸運にも恵まれましたが、それだけでなく「21世紀にふさわしい未来型都市」という基本構想のもと、電力・通信の地下埋設、上下水道の共同化、建物の色彩の調和などを図り、新しい統一した都市空間を実現しようと努力したからです。

それは建設されたビル群の形態と構成に顕著に現れています。海上から横浜みなと未来地区の都市景観を一望すると、高層ビル群が形成するスカイラインが統一したコンセプトで形成されていることに気づきます。

横浜ランドマークタワーを帆船の帆柱に見立てれば、インタコンチネンタル・ホテルは船の帆になり、両者の間にある三つの高層ビルは波頭を表しています。(写真)

横浜は港町であり、何よりも海の息吹で生まれ育った都市です。個々の建築物でその都市を表現するケースは海外にも良くありますが、街全体のスカイラインを海のイメージで統一して描いた都市造りは、世界のどこにもありません。

パリの大改造は、光と風を市の中心部に導入することで、世界の「花の都パリ」を誕生させたと言われます。横浜の大改造は、海の潮風を街中に呼び込んで、世界の「港町ヨコハマ」にリニューアルしたと思います。
(以上) 
【2012/01/23 16:21】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
東京湾の日の出
                              1.東京湾の日の出-01D 1201q
                              写真1
                         2.東京湾の日の出-03D 1201q
                         写真2
                    3.東京湾の日の出-07D 1201q
                    写真3
               4.東京湾の日の出-12D 1201q
               写真4
          5.東京湾の日の出-17D 1201q
          写真5
     6.東京湾の日の出-13D 1201q
     写真6
7.東京湾の日の出-18D 1201q
写真7
今年は元旦は曇っていましたので、初日の出は見られませんでした。しかし数日後に幸い東京湾を行く船の上から千葉県の山々の上に顔を出す太陽を拝みました。

嘗て見た太平洋の水平線から昇る太陽は本当に素晴らしかったですが、山の稜線から少しづつ顔を出す太陽も、趣があります。

丁度、山の上には水平の朝雲が広がっており、山の稜線とその雲の間にちょこっと顔を出した太陽は、一旦雲に隠れましたが、その後再び雲の上に姿を現しました。

その変化に合わせて、太陽の光は微妙に明るさを変えます。太陽で明るくなる大空と、山陰で暗くなる手前の海とが、見事なコントラストを作って、風景に奥行きが生まれました。

太陽を挟んで、上方の空の色と下方の海の色とが刻々と変わる景色に見とれて、何枚もの写真を撮りました。そのうちの数枚を、撮影順にご覧に入れます。
(以上)
【2012/01/16 11:36】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
花のない花園
                     塩船冬つつじ-01D 04
                     写真1
                  塩船観音寺つつじ祭-43D 0704q
                  写真2

美しい盛りの花を避けて、萎れた花や枯れた花を描く画家がいます。死せる妻の顔を精魂こめて描いた画家がいました。人の生命を考えるとき、文学者は死者の顔を見つめるものだとも言います。

そのような画家や文学者になるつもりはありませんでしたが、花のない花園を訪ねたことがありました。それは年の瀬も迫った12月に、青梅の病院に入院していた知人を見舞いに行ったときでした。お見舞いを済ました後、すぐ近くに嘗てつつじを撮影しに来た塩船観音寺があることを思い出したからです。

案の定、季節外れのつつじ庭園には誰一人居らず、すり鉢状の斜面全面に植えられた沢山のつつじの株々は静かに眠っているようでした。しかし、グレーの沈んだ色調で覆われたつつじ園をよく見ると、株毎に僅かながら色合いが異なっていました。つつじの株々は、枯れているのではなく、冬の間も来年の花芽を準備していたのです。
(写真1)

数年前の5月に塩船観音寺を訪れたときは、つつじの花は満開でした。すり鉢状のつつじ園は赤、白、ピンクの絢爛たる色彩で覆われていました。つつじを観賞する人々の休憩所はすり鉢の一番低いところにあり、そこからつつじ庭園はくまなく見渡せます。

劇場に喩えると、つつじ園はギリシャの半月形の劇場のような形をしていて、私たちの休憩所はステージの位置にあります。と言うことは、逆につつじ達は観客ということになります。休憩所にいる人々は、満席のつつじの観客から万雷の拍手で迎えられてステージに立った気分になります。(写真2)

それに引き替え、冬の花のない花園ではつつじ達は静かに私を見つめいます。開演を待つ観客のように気を張り詰めて舞台は未だ開かないのかと私を見つています。と思うと、冬のつつじ園に不思議な緊張が漲っていると感じました。

日本はつつじの好む酸性土壌の土地が多いので、つつじ園はあちこちにありますが、塩船観音寺のような劇場タイプの庭園は珍しいです。そしてその劇場が一斉に拍手喝采するかのように開花するつつじ園は本当に素晴らしいです。

冬のつつじ園を見て満開のつつじ園を想像した次第です。
(以上)
【2012/01/09 12:18】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
雪の中から福寿草
                    福寿草-01Pt

福寿草は、福を言祝(ことほ)ぐ草花です。新年に福の訪れを祝福する草花です。花弁が黄金色に輝くところが富貴を象徴するのです。

日本では昔から福寿草は旧暦の正月、即ち2月に家々に飾られる習慣がありました。季節的には福寿草はその頃花を咲かすので丁度良かったのです。しかし正月が新暦の1月になってもその習慣は続けられ、現在では温室で栽培された鉢植の福寿草が、元日に家庭の床の間に飾られます。

福寿草を地植えするときは、樹木の裾などの半日陰の場所が適当だそうです。福寿草は寒さに強い花なので、地植えして雪を被っても萎れたり枯れることなく、雪をかき分けて黄色い可憐な姿を現します。

写真は、大雪が降った翌日、神代植物公園で見つけた福寿草です。林の縁の空き地に数株の福寿草が雪の中から顔を出していました。美しく可憐であるだけでなく、生命力のある花だと思いました。
(以上)
【2012/01/05 20:43】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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