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朽ち果てる美
   1.ハス-02D 1010qt
   写真1
                         2.アジサイ-01D 1010qt
                         写真2
   3.すすき-01PAt
   写真3

                            4.葉-08D 1010qc
                            写真4
                                                         植物が最も美しく輝くのは花が咲く頃ですが、芽を出す新緑の頃も捨てがたい美しさがあります。そして、植物は秋の紅葉で一年の美しさを締めくくります。

しかし、美の一巡が終わった後、誰も顧みない枯れて萎れた死骸のようになった草花にも、美の名残りとも言うべきものがあります。全ての植物がそうだとは言いませんが、ハスの枯葉、アジサイの花房、ススキの穂などに、朽ち果てても残る美の影を見ます。

脇役だったハスの葉は、枯れると裏返しになって葉脈の凹凸を強調して見せます。その形は陶芸作品のようです。持久力のあるアジサイの花びらは、花弁の裏を見せながらも在りし日の形状を保持しています。まるで装飾細工のようです。ふさふさしていたススキの穂は、今やかじかんだように縮んで冬を迎えます。人を招いている手のようです。(写真1、2、3)

植物のあるものは、朽ち行く過程を分解写真のように見せます。枯れる葉は、茶色になる前に緑色から黄色へと変わります。一枚の葉に三色が同時に彩る様は、唐三彩の焼き物を思わせます。(写真4)

印象派を代表する画家クロード・モネは、最愛の妻の死顔の色が変わりゆく様をスケッチしたと言います。作品「死の床のカミーユ・モネ」がそれです。生涯を通して色彩を追求した画家の業(ごう)とも言うべき執念が悲しみを超えたのでしょうか。

ノーベル文学賞を受賞した川端康成は、親しい人の葬式で最後の対面のとき、別れる人の顔を凝視して長いこと動かなかったと言います。生(せい)はうつろなものであり、死は動かし難い現実であると見て、もう一度死の中に生を見いだそうとしていたと、川端康成の心中を解説していた人がいました。

朽ち果てる植物にも、最後に美しく輝く命が秘められているかも知れません。
(以上)
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【2010/10/29 23:06】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
もう一度コスモスを熟視して
1.コスモス-01D 1010q
写真1
           2.コスモス-12D 1010q
           写真2
                      3.コスモス-14D 1010q
                      写真3
                                  4.コスモス-19D 1010q
                                  写真4
先日、神代植物公園の秋のバラを見に行きました。バラは年に二回の開花時期がありますが、初夏よりも秋の方が色も濃く香りも高いと聞いています。しかし、今年は夏の高温が影響したのか期待はずれでした。その代わり、素晴らしいコスモスのお花畑が見られました。

このブログの前々回で、コスモスが日本的な素晴らしい花であることは述べましたが、写真の出来映えは良くなかったので、今回は神代植物公園のコスモスでそれを埋め合わせることにします。

春の日長に一日中眺めていても厭きないのはサクラの花ですが、短い秋の午後、半日眺めていても厭きないのはコスモスです。サクラは心をうきうきさせますが、コスモスは心を鎮め、慰め、和らげます。ベンチで群生するコスモスを楽しむ人たちです。(写真1)

コスモスが乱舞する中を日傘をさして歩く人がいます。紫、ピンク、白の花びらが微風にそよぐと、花畑の中を歩く人は、流れるような音楽を聴くようでしょう。コスモスはしなやかな茎で優しい曲を奏でます。皆コスモスの花畑ではリズムに合わせて歩きたくなります。(写真2)

種まきの時期を遅らせたコスモス畑です。少しばかり花を咲かせていますが、まだ一人前になるには背丈が足りません。幼くあどけない顔を上げています。いとおしくて撫でてやりたい風情です。(写真3)

一重の花びらは整然と並び、バックに繊細で複雑な線状の葉が開いています。コスモスは、一輪だけ凝視すると実に造形的です。雑草のような強靱な花にも、こんな造形美があるとは知りませんでした。力と美は共存します。(写真4)
(以上)
【2010/10/20 17:45】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
デザイン 実用と美の間で
数年前、ユニバーサル・デザインを研究する人々の会合に参加して色々教えて頂いたことがあります。

ユニバーサル・デザインは、もともと身体障害者にも使い易いデザインを求めて提案されたのですが、それは健常者にも使い易いものと分かりました。

次に、ユニバーサル・デザインは使い易いだけでなく、同時に美しいものであるとの主張になっていきました。要するに、使い易さと美しさは共に実現できるとの主張でした。更に、使い易いものは美しくなるとの意見までありました。

しかし、ユニバーサル・デザインに限らず、デザイン一般については、実用と美を両立させることは、なかなか難しいものでして、多くの芸術家やデザイナーを悩ましてきた問題です。

嘗て、陶芸家の河井寛次郎は、暮らしの中の「用」の美に魅せられたと言い、無名の手仕事に真の美があると悟った、と語っていました。また、自分は美は追わない、美は仕事の後から従いてくるとも言っていました。

実用と美が両立するデザインは、河井寛次郎のレベルに達しないと、実現もできないし理解さえも難しいのかも知れません。
(以上)
【2010/10/14 21:55】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
コスモスは日本に帰化した花
     コスモス-03P(事項:花と樹 P)
     奥多摩にて
                                   葛西臨海公園-37D 0909q
                                    葛西臨海公園にて
     コスモス-04P(事項:花と樹 P)
     庭先にて


日本で秋の花と言えば菊ですが、同じキク科のコスモスも秋の花として人気があります。菊が重たいのに対してコスモスは軽やかです。誰が付けたか知りませんが、日本名の秋桜(あきざくら)という名称は、その軽やかさを表していてぴったりです。

コスモスは軽やかで可憐な姿に似ず、大変強靱な植物です。荒れ地に植えても毎年繁殖し続けます。道ばたに植えたコスモスは余り手入れせずとも毎年秋に花を咲かせます。

コスモスは数本楚々として風にそよぐ姿もいいですが、野原一面に咲き誇るコスモスの群生もよいものです。

コスモスはメキシコから輸入した外来種ですが、日本の自然によく似合う花です。このコスモスについても、外来種の導入は在来の日本の自然植生を乱すので良くないとの意見があるそうです。

しかし、コスモスに関しては、ブタクサがススキを駆逐したような自然破壊を感じません。それ程コスモスは日本の自然風景に馴染んだ花です。日本に帰化した花です。
(以上)
【2010/10/07 11:26】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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