FC2ブログ
時代と流行色
ファッション界では、流行色の未来を予測することに大きな努力を払っています。人々の色彩への好みは年によって変わるので、的確に予測しないと商品の売れ行きに影響するからです。

日本ファッション協会では毎年2年後の流行カラーを調査してトレンド情報として発表していますが、そこでは国際的なトレンド、即ち国際流行色を参考にするそうです。情報の伝達が早いこの頃では、色彩情報もグローバルな流行に注目しなければ遅れを取ってしまうからです。

しかし、衣裳の色彩は、それを着て歩く町の色彩や着て集う部屋の色彩にも影響されます。そして町や部屋は国々の気候風土によって違いますし、国民性の違いによっても変わります。流行が迅速に伝播しても世界が一律に同じ流行に倣うというわけでもないのです。

国別にあるいは地域別に流行色に違いがあることは旅行すると容易に分かりますが、流行と認識されない流行色もあります。それは同じ国、同じ地域で長年続く時代の流行色です。

ファッション界が追求している二、三年で変わる流行色ならその変化に直ぐに気付きますが、数十年あるいはそれ以上の長期に亘る時代の流行の場合は、その中に生きている人々にとってはその色彩は当然のものとして受け入れられるので流行と認識されません。

しかし、後世からその時代を眺めると時代の流行色は歴然と分かります。司馬遼太郎とドナルド・キーンは、対談集「日本人と日本文化」の中で「金の世界、銀の世界」という話題を論じています。

室町時代に足利義満は金閣寺を建て、その孫の義政は銀閣寺を建てましたが、そのことに触れて、キーン氏は次のように時代の色を指摘しています。

「義政は自分の時代は金の時代でなくて銀の時代である、と。しかし、ここで私は考えるのですが、日本人の趣味からいうと、どうも金よりも銀のほうが合っているような気がする。金のような温かい黄色い色よりも、銀のような淋しい色のほうが日本的じゃないかと思います」

時代が下って豊臣秀吉は、再び絢爛豪華な金色の時代を創るのですが、室町末期には銀色の時代があったのです。勿論、当時の流行色は、武士、貴族、画人、茶人、歌人などの上流階級の人々の趣味趣向であって、一般庶民は今日のように流行色を楽しんではいませんが。

現代は色彩の種類は豊富であり、その取り合わせは無数にあり、色彩の流行を追う人々は広く一般大衆です。それだけに目先の流行に囚われることなく、時代と流行色の基本関係を見定めないと、流行色の予測を間違えることになります。
(以上)
スポンサーサイト



【2010/02/27 10:14】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
梅は数輪でもよし群生でもよし
                      2.梅と雪-01P
  1.梅-09P 84t
                                   3.梅林-21Pq
               4.梅-06Pt

梅の花は数輪咲いても人はその可憐さを愛でますし、生憎雪が梅に積もれば梅の健気さを讃えます。群生した梅林が満開になると樹林の間を歩いて豊な匂いを楽しみます。

梅の実が梅干しや梅酒として貴重な食料になることもあって、梅林は日本中のあちこちに沢山造成されていますが、観梅のためには山の斜面にある梅林が最適です。

奥多摩にある吉野梅郷の梅林はその代表的なものです。山奥の梅林なので満開になる時期が遅く、さくらの季節が始まる直前まで楽しませてくれます。

今年も未だ満開にはなりませんので、昨年撮影した吉野梅林を掲げました。
(以上)
【2010/02/21 23:08】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
造形美を誇る教会建築
     1.東京カテドラル大聖堂-03D 1002q
     写真1 教会正面
                                   2.東京カテドラル大聖堂-04D 1002q
                                   写真2 教会側面
     3.東京カテドラル大聖堂-07D 1002q
     写真3 教会斜面
                                   4.東京カテドラル大聖堂-09D 1002q
                                   写真4 教会斜面
     5.東京カテドラル大聖堂-06D 1002q
     写真5 教会部分
                                   6.東京カテドラル大聖堂-12D 1002q
                                   写真6 教会部分

信仰の儀式が執り行われる神社、寺院がそうであるように、信仰の場である教会もその建物には荘厳さと厳粛さを備えています。

しかし日本の寺社建築が大抵同じような形態と様式を持っているのに対し、教会建築の場合は、時々個性的な形態や様式のものを見ることがあります。

今回取り上げた東京カテドラル聖マリア大聖堂は、東京文京区の椿山荘前にある教会ですが、極めて個性的な、と言うよりも芸術的な教会建築だと思います。(写真1)

この教会は建築家丹下健三の設計によるものです。丹下健三は広島平和記念公園(慰霊碑と原爆ドームを配置した)の設計で有名であり、代々木の東京オリンピック国立屋内総合競技場(吊り構造)の設計でも国際的に高い評価を得た建築家です。

この東京カテドラル大聖堂は、オリンピック総合競技場とほぼ同じ時期(1964年)に建設され、その外観もよく似ている云われます。しかし、上空から見るとオリンピック総合競技場は渦巻き状であるのに対し、東京カテドラル大聖堂は十字架の形です。(写真2)

丹下健三はフランスの近代建築家ル・コルビュジエに憧れて建築家になったと云われますが、他方、若い頃には日本の社寺建築を研究していて、彼の建築作品には西洋的な要素と東洋的な要素の二つが混ざっているようです。

東京カテドラル大聖堂は、外観は大きな直線と曲線で象られ、表面はステンレス・スティールで外装されているので、モダンなキリスト教会建築ですが、それでいて天井部の大きな十字架の部分にはどこか神社建築の切妻と千木を連想させるものがあります。(写真3、4)

近寄って建物の部分を見ると、空に向けての直線と囲むような曲線が交差して、美しさは細部に及んでいます。(写真5、6)

大空に向けて開く大胆な構図の教会建築は、何処から見ても一つの芸術作品です。流れる雲を背景にし建物を見ていて暫く時間の経つのも忘れました。
(以上)
【2010/02/14 10:41】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真芸術はグローバリズムの先達か
文化とは民族の個性の表現です。絵画、音楽、文学などに民族的な夫々の個性があり尊重されてきました。

しかし、東西の文化が邂逅し、相互に融合が進んでいくと、嘗ての民族固有の文化の姿は変貌し、その境界線は曖昧になります。

経済のグローバリズムは効率を挙げますが、文化のグローバリズムは均質化をもたらします。均質化というと言い過ぎですが、外見は非常に似てきます。

世界は分化し分裂して発展してきた、即ち種が多様化して進化してきたと言うのに、グローバリズムはその進化に逆行するもののようです。

絵画では抽象画を見ると民族固有の形式を放棄して世界的に比べると似てきます。
音楽でも民族音楽固有の音階は残っていも形式は西洋音楽に合わされていきます。
文学でも使う文字は違いますが表現様式が、例えば俳句と短詞形というように似てきます。

それに対して写真では民族的個性という捉え方は聞きません。写真家の個人またはグループの個性は主張されますが、写真は民族とか国家という個性とは無縁の芸術です。

その理由として、写真は歴史が浅いこともありますが、写真機という道具が同じ機能で一斉に世界に普及したからだとも云えます。民族とか国家とかを越えて、いきなりグロ-バリズムで出発したのが写真芸術でした。
(以上)
【2010/02/08 12:34】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
拓殖大学工業デザイン展を見て
     拓殖大学デザイン展-02D 1001q
        展覧会場
                 拓殖大学デザイン展-04D 1001q
                   和紙を素材とした履き物
                                拓殖大学デザイン展-05D 1001q
                             桐の木を素材とした部屋の壁


芸術家の作品や商業的な物産などのデザイン展には時々見学に行きますが、勉学中の学生のデザイン展には今まで行ったことがありません。心の何処かで学生達の作品は未熟だからという気持ちがあったのかも知れません。

今回初めて学生が制作した工業デザインを見て、その考えは変わりました。そのデザイン展は、青山通りのスパイラル・ビルで開催されていた拓殖大学工業デザイン学科の卒業展でした。

青山通りはファッションやデザインの本場であり、ここを展覧会の会場としたことでも学生達の意欲の程が分かります。数多くある展示作品の中には、若者の着想らしい意欲的なものがありました。例えば妊婦の服装をファッション化したものなどです。

私が特に注目したのは国産の素材を生かした作品です。和紙で造った履き物、桐の木を素材とした部屋の壁などは日本的な主張が込めらた個性的な作品です。素材としての和紙は丈夫さと温かさで国際的にも注目されているものです。また、桐の素材は日本では箪笥材として昔から知られています。個性的なデザインは日本的なものが原点になると思います。

乗用車でもよく走る車に満足すれば、次には格好良い車を求めるように、実用的な要求が満たされれば、次に来るのは美的センスです。物質的な要求が満たされれば精神的な欲求が前面に出てくるのは自然の成り行きです。

今はデザインの価値が問われる時代になっています。学生達の個性的なデザイン作品を見て、この分野で活躍する日本の若者たちの今後の活躍が楽しみになりました。
(以上)
【2010/02/02 12:17】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |