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韓国の陶磁器
   焼き物-07D 0908q
                   李朝青磁-05D 0908qt
                                     焼き物-06D 0908q

日本に広く知られている韓国の陶磁器には、高麗青磁と李朝白磁があります。その名の通り、高麗青磁とは高麗時代の薄緑色の陶器であり、李朝白磁とは李朝時代の白色の磁器です。

陶磁器はチャイナと言われる位ですから、その本場は中国です。従って洋の東西を問わず、各国に伝わる陶磁器の製法は、多かれ少なかれ中国から伝わったとものと言えましょう。

当然、韓国の陶磁器は隣国中国から強い影響を受けましたが、高麗時代に韓国の陶磁器は独自の発展を遂げます。高麗青磁は宝石の翡翠(ひすい)に似た淡い薄緑色をしています。中国人は翡翠を玉(ぎょく)として愛好しましたから、高麗の青磁は中国でも大いに愛好され逆輸入されました。

中国の陶磁器は唐三彩のように色彩は豊かであり、形態も大きくて力強いものが多いですが、韓国の高麗青磁は、色は翡色一色であり、形態は流麗であり、陶象嵌で描かれる絵柄は繊細です。高麗青磁は日本人の美感に強く訴えるものがあり、日本にも数多く輸入されました。

李朝時代に入りますと、高麗青磁より高温で焼く李朝白磁が生まれます。磁器は陶器より硬いので制作は難しくなりますが、薄く繊細に仕上げることが可能になります。また白磁の色彩も翡色一色から微妙に変化する白色に変わりました。日本の民芸運動家の柳宗悦は、その李朝白磁が持つ親しさと暖かさを讃えて、その美を日本人に教えた人として有名です。

三十数年前、私はソウルに滞在していましたが、そのとき高麗青磁と李朝白磁の再現を試みている陶芸家を何度かその登り窯に訪ねたことがあります。高麗青磁は柳海剛氏、李朝白磁は安東吾氏の窯でした。

二人の陶芸家たちは、夫々高麗時代、李朝時代の陶磁器を再現することに心血を注いでいましたが、同時に同じ素材でより現代的なデザインや絵柄の作品もつくっていました。

そのとき購入した高麗青磁と李朝白磁を写真でご覧に入れます。高価なものは買えませんでしたが、それでも手許で楽しむには十分な作品です。
(以上)
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【2009/08/30 09:11】 | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
現代の地上絵
          シンガポール-02P 79tc

                              シンガポール-57P 80tc

ペルーのナスカの地上絵は今でも謎に包まれていますが、現代の地上絵には謎はありません。人間が土地を使っている状況を知った上で、上空から眺めるからです。

かの google は、時々人工衛星から撮影した地球上の一点の写真を送ってきて、そこは何処か当てなさいと云ってきます。それは一見、変わった地形ですが特に面白い形をしているわけではありません。

しかし、ここに掲げた二枚の写真は不思議な形をしています。巨大な動物か植物が地面を這っているように見えます。

農耕や植林といった通常の人間の営みなら、既に見慣れていますから直ぐ分かるのですが、これらを見た瞬間、ナスカの地上絵を見たような錯覚に陥りました。

これを撮影したとき、最初はジャングルを切り開いて造ったゴルフ場かと思いました。しかし、暫くして何故熱帯の山野を切り開いてゴルフ場を造るのかとの疑いが湧いてきました。

これはゴルフ場ではなく、南方でなければ栽培できない特殊な植物の農園かとも思いましたが、それにしては農園の形が極めて非効率的です。

飛行機を降りて現地に行けば分かることですが、もう40年余り前に東南アジア旅行で撮った写真は、私にとってナスカの地上絵のようです。
(以上)
【2009/08/24 09:55】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
昔の写真に思いを馳せて
1.バンコク市内物売り-01P 71t
タイ バンコック市内路上にて 1971
        2.ペナン-12P 79t
        マレーシア ペナン街中にて 1979
             3.インド-34P 79adbet
             インド デリー郊外の農村にて 1979 
                  4.パキスタン-62P 79t
                  パキスタン カラチから地方都市への途中 1979
                       5.水上マーケット-06N 80t
                       バンコック チャオプラヤ川にて 1980
                            6.水上マーケット-18N 80t
                            タイ ダノワンサドワック水上マーケット 1980

写真を趣味とする人々の余得は、過去の記憶を正確に思い出せることです。年老いて懐かしい昔の場所を訪問することは出来ますが、尋ねてみても大抵は大きく変貌していて、昔の記憶は取り戻せません。

過去の写真を整理していましたら、30年余り前、仕事でアジア各地を旅したときに興味にまかせてに撮ったスナップ写真が出てきました。当時は写真撮影の基礎も知らずに撮った写真ですから、出来具合はよくありませんが、記憶の回想には役立ちます。

観光地での写真よりも、街中や農村でふと出会った現地の人々の日常生活を撮った写真が特に印象に残ります。発展途上国では庶民の生活も急速に変わっていきますから、30年も経ちますと、今、そこを尋ねても当時の姿はありません。

炎天下に街行く物売り、ゆっくり走るタクシー代わりの三輪車、満載した積荷の上に少年を乗せた牛車、傾ぐほど荷物を積んだトラック、濁った川水を生活用水に使う人々、縦横に発達した水路が市場となる水上マーケトなど、そして、それらの場面に連なる光景が次から次へと現れてきます。

当時は、人々は物質的に貧しかったかも知れませんが、表情は穏やかであり、行動ものんびりしたものでした。写真を見ていると時間がゆっくり流れているのが見えるようです。

今回は私の個人的な写真回想録でした。
(以上)
【2009/08/19 08:31】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
花火の美学
1.晴海-09P 02h
写真1
             2.晴海-35P 02
             写真2
                           3.熱海-011P 95
                           写真3
                                        4.熱海-001P 95
                                        写真4

花火は夏の風物詩です。夏になると日本全国で花火大会が開かれます。隅田川の花火は江戸時代から盛んでした。東京湾花火は関東第一の規模を誇ります。秋田県大曲の花火は日本全国の花火師達が最高の技術を競います。

日本人がこれほど花火が好きなのは、花火が日本人の美的感覚を刺激するからです。日本人が桜の花が好きなのは、咲いたら忽ち散るいさぎよさが好きなのです。はかなくて消え去るものへの哀惜が日本人の美感を刺激するのです。

花火は一瞬の美です。何十発打ち上げても、夫々は瞬間の美です。そして絵画や彫刻のように長く残るものは何一つありません。残るのは人々の心に中に残る感動だけです。毎夏、新しい花火が工夫されて生まれ消えていくことが好きなのです。

花火の好きな日本人は、長年にわたり大いに花火の開発に努力しました。日本の花火は、その華麗さと種類の多さでは世界に抜きんでています。

先ず、真っ暗な夜空をバックにして打ち上げられる花火はその色彩が命ですが、日本の花火は色彩が豊富であり、輝度が高いと云われます。これは火薬の混ぜ具合の技術が進んでいるからだと思います。

また、日本の花火は空中で開花する花火の形が多様であり、複雑に変化します。開花のテンポやリズムにも工夫がこらされて、一発の花火でも二段三段に開きます。

開花が一瞬で終わる花火もある一方で、輝きが持続する花火もあります。落下しながら輝きが持続する花火は、柔らかい光の流れで人々の惜しむ気持ちをそそります。

花火は目で楽しむだけでなく、耳でも楽しみます。花火が開花するときの爆発音は花火大会の空気を盛り上げます。花火の大玉が打ち上げられたときに発するシュルシュルという上昇音も、花火への期待を高めます。
窓を締め切った高層マンションで花火を見ていた人は、何か足りないと思ったら音が無いことに気付いた、と云っていました。

ここでは音の聞こえない静止画の花火をご覧に入れます。東京湾花火(写真1、2)と熱海湾花火(写真3、4)です。
(以上)
【2009/08/13 12:12】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旅のコレクション展 第二部「異郷へ」
東京都写真美術館では、「旅」をテーマに三回シリーズでコレクション展を開いています。第二回は「異郷へ」という題名で、1970~80年頃に発表された戦後世代の日本の写真家達の作品が展示されています。

展示されている写真家は、内藤正俊、秋山亮二、土田ヒロミ、牛腸茂雄、荒木経惟、森山大道、須田一政、柳沢信、北井一夫の9人です。これらの写真家の作品は、旅して撮った写真という意味でくくられていますが、内容的は同時代という年代でくくった作品展です。

「異郷へ」というテーマも地理的異郷から心理的異郷までを含み、作家毎には纏まりはありますが、9人の写真家の作品が「異郷」という意味で共通点がある訳ではありません。「旅」「異郷」という意味での共通した批評は無理です。展示会の題名の付け方に無理があったと思います。

従って、以下では個性的な作家の、興味ある作品について鑑賞し、感想を述べることにします。

先ず、牛腸茂雄の写真に惹かれました。普通は見過ごしてしまう日常生活の何気ない風景の中に、一瞬、人間の情感を表出した情景を捉えた写真に惹かれるのです。

一本の立て看板を支える母とその棒に抱きつく子供が居て、その横では地面に横たわる看板をかがみ込んで読む男が居る写真(作品52)、及び飛行機に乗ろうと大きな花束を抱えて機首に走る一人の男と、同時にその遠方には機尾から乗ろうと急ぐ三人の女を写した写真(作品56)は、作品の焦点が鮮明です。

次に注目したのは、森山大道の北海道旅行の写真です。これらは、撮影に行き詰まって旅に出た森山大道が、新境地を開いたと言われる写真集です。アレ、ブレ、ボケの手法も有効に使われていて、絶望と孤独の心境を北海道の風景に託した写真です。

鉄路に向かって走る二人の少年(作品77)、ローカル線の停車場で乗り降りする乗客達(作品80)、地面の雪を掃き散らしながら走る函館の路面電車(作品82)、廃墟と化した石狩の冬の海水浴場(作品87)、一本道を振り返りながら歩く野良犬一匹(作品89)などが印象に残りました。

その他の作家たちも当代一流の写真家ですから、優れた作品が数多く展示されていました。しかし私の個人的な趣味ですが、作意や仕掛けのある作品よりは、自然の人間の営みの中に思わず発見する人情や情感の表出を捉えた作品に惹かれました。
(以上)
【2009/08/07 11:25】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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