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写真とヴァーチャル・リアリティ
落書き-04P 04q


ヴァーチャル・リアリティは「仮想現実」「人工現実感」「疑似体験」などと訳されていますが、英語本来の意味は「表面上は違うが実質的には現実そのものであること」なのだそうです。

上述の日本語訳には「本物でない偽りの」という意味が込められていますので逆の意味に解されてしまい、甚だ不適切な訳語です。

「限りなく現実に近い現実」「限りなく現実に近い現実感」「限りなく現実に近い体験」と訳せばかなり正しい翻訳になります。

ヴァーチャル・リアリティと言う言葉はコンピュータの世界で発達したものです。実質的な現実は全てコンピュータ内にあり、その現実を人間が知覚するとき「仮想」となり、「現実感」となり、「疑似」となると理解するのです。

この比喩を写真の世界に当てはめてみましょう。写真の被写体は実質的な現実であり、写された写真は「限りなく現実に近い現実」となります。たとえ現実を見ていない人でも、写真を見ることによって現実感を味わい、疑似体験することができます。

コンピュータでは良く仮想マシーン、仮想メモリーなどと言いますが、これはコンピュータ内のマシーン(CPU)やメモリーを分割して二台のコンピュータ、二つのメモリーが存在するかのようにしてコンピュータを使う方法です。

写真は撮影されたとき実質的現実から切り離され、独立して知覚される物体となります。現実は目の前に厳然と存在していますが、写真の中にも現実と同じ姿の現実が存在します。

コンピュータが生まれる前から写真はヴァーチャル・リアリティを利用していたのです。いな、写真は、生まれたときからヴァーチャル・リアリティを創造して観賞するものでした。

しかし、コンピュータの世界でもヴァーチャル・リアリティはリアリティに取って代われないように、写真は実質的な現実にはなり得ないのです。写真は真実を写さないとは良く言ったものです。

コンクリート壁に描かれた落書きは、ヴァーチャル・リアリティではありますが、リアリティではありません。コンクリート壁を突き抜けて向こう側には行けませんから。
(以上)
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【2008/07/26 10:45】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
現代に残る江戸の匂い 木村恵一写真展より
品川のキャノンギャラリー S で、写真家木村恵一氏の「江戸東京・下町日和」という写真展が開かれています。(2008.6.20~7.31)

木村恵一氏は、震災と戦災で消されて行った東京の下町に残る江戸の匂い発見し、それを美しく映像として記録しています。展示された写真は、私達がいま何気なく見ている町にも江戸の遺産が生きていることを知らせてくれます。

江戸の文化は震災と戦災で壊される前に、明治の近代化で壊れ始めます。徳川時代の文化が明治の西欧化で破壊される様は、見方を変えれば文明が野蛮に浸食された過程でした。

その浸食は、徳川時代の古い建物や構築物が壊され、西洋風の建物や施設が生まれたという外見ばかりでなく、江戸町人の生活が消えていき、地方から上京した新しい東京人の生活がそれにに置き換えられると言う、街の内面の変化でもありました。

江戸の平和は250年余り続きました。この平和で醸成された下町の文化は、西欧世界からみると地球上で滅多に見られない存在なのだそうです。しかし、その中に住む日本人にとっては、これは当り前のことであり、それが消えゆくのも当り前でした。

この消えゆく江戸町民の生活の名残りを、現代の東京の街中に発見した写真としては、私は次の五点に注目します。

台東区谷中と台東区下谷の二階建て長屋を写した二枚の写真、及び文京区根津の日用雑貨屋の店先を写した写真、これらは下町の露地の生活感をを捉えています。また、台東区谷中で露地に水打つ男と男に挨拶する老女の写真、台東区池之端で屋台の主人が一服する場面の写真です。

ここに写された建物は昭和初期に建てられたものでしょうし、登場する人物は平成の人々ですが、江戸時代も斯くの如くありなんと思わせる雰囲気です。

次に、私は江戸の工芸技術を今に伝える職人たちの表情と、その仕事場を撮影した十数点の写真に注目します。

浮世絵木版彫師が作業している仕事場の情景は江戸時代の復元です。江戸提灯、江戸凧、江戸小紋などの作品を前にして誇らしげな職人たちの表情には、江戸文化の後継者としての誇りが窺えます。

これらの写真に写っている職人たちは殆ど既に亡くなられているそうですが、後継者はいても風貌までは後継できないと、撮影者の木村恵一氏は語っていました。彼らは江戸文化を体現した最後の人達でした。

江戸時代から続く神社の祭りや、朝顔市、鬼灯市などの町の行事を写した写真は、確かに江戸の伝統を写したものですが、これらハレの場面はこれからも同じようにくり返されるので、消え去ることはないでしょう。

神田川が隅田川に注ぐ河口に柳橋があります。柳橋は江戸時代から隅田川の花街として栄えたところで、明治以降も芸者を乗せて酒盛りをする舟遊びの拠点でありました。しかし、朝早くそこに係留してある小舟には釣竿を立てた釣人が乗り込んでいました。写真家木村恵一氏は、その変化を素早く一枚の写真で捉えています。

江戸は消えて明治になり、明治は遠くなって昭和になりました。平成の現代もやがて消えていきます。消えゆくものは江戸時代だけではないのです。現代の映像を将来に伝えることが写真の重要な役目だとすると、この出発前の釣船の情景も、柳橋の変貌として見過してはいけない貴重なものとなるでしょう。

その意味で、今眼前にあるがやがて消えていく光景で、後世に残すべき光景は何か難しい問題を投げかける一枚でした。
(以上)
【2008/07/08 10:24】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
昼と夜の風景
神戸市俯瞰-02D 0710qc
昼 神戸六甲山より
六甲よりの夜景-04D 0710qc
夜 神戸六甲山より

                                   雪景色-22P 01qt
                                   昼 函館山より
                                   函館夜景-01P 97rc
                                   夜 函館山より


写真の世界では、光と蔭は表現の基本条件です。人間の目には光そのものは見えませんが、光が物体に当たったときに光は色となって見えます。光が空間を走っていても物に当たらないときは真っ暗です。真っ暗な筈の空が青く見えるのは、大気の粒子に光が当たった反映なのです。宇宙飛行士は大気の外側にいるので空は黒く見えても青く見えません。

しかし、光は太陽から発するものに限りません。人間は火を用い、電気を発明してから照明という手段を持ちました。写真機が地上で捉える光は、太陽光に人工光が加わりました。人工光は太陽ほど強力でありませんから、光源もみることが出来ます。

進歩や発展の明るい面の裏側にはよく闇の部分があると言います。しかし、写真では闇は明るい部分と同じく重要で必要です。昼間の写真では蔭を取り入れるのが重要ですが、夜の写真は反対に光を取り入れるのが重要です。写真では昼でも夜でも光と蔭のバランスが保たれていることを良しとします。

昼と夜では、その光と蔭が逆転します。風景は昼間と夜間では様変わりします。昼間明るい部分が夜には暗くなります。太陽が落ちて辺りが暗くなっても人工光があれば、その部分は明るくなります。

同じ場所を昼間と夜間に撮影して、見比べてみるのは面白いものです。変わらない所もありますが、大抵は大きく変わります。その変化を比べて想像力を働かせると、昼と夜の世界とは別に夢の世界が見えてくることがあります。写真は昼と夜の二枚ですが見方によっては何枚もの世界が写っているのです。

ここに二組みの昼と夜の風景写真を掲げました。夢の世界をどう描くかは皆様にお任せしますが、私は大阪湾はこんなに狭かったのかとか、函館地峡は冬でも暖かいなあとか、夢見るのです。
(以上)
【2008/07/03 13:43】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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