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新旧の都市の風景
城壁からのドブロブニク-21D 0610qc
写真1 クロアチアの古都 ドブロクニク

                 大内の宿-14P 96c
                 写真2 会津の大内宿

                           パリ-85Ptc
                           写真3 パリの新都市デファンス


川端康成は、1968年にノーベル文学賞を受賞したとき、「美しい日本の私」という題名で記念講演を行い、日本の伝統的な美の精神を称揚しました。

津田左右吉の「文学に現われたる我が国民思想の研究」によりますと、日本では伝統的に、真、善、美の中で美に最高の価値を置いてきたと言いますから、川端康成もその伝統的価値観の持ち主であったと思います。

しかし、私達が住む街の現状をみると、美に最高の価値を認めた日本人が、都市造りに美を求めているのかどうか、疑問になることばかり目に付きます。便利さとか経済性が優先されて、美しさが疎かにされているのです。

「風景の現象学」などの著書のある内田芳明氏(横浜国立大学教授)は、「都市の風景は、その国その土地の自然、風土のなかで生活している人々の感情、国土の風景のなかで育まれた人々の心が反映して形づくられる」と言います。

幕末に日本を訪れた西欧人は、自国の醜さと比較して日本の都市の美しさを讃えています。彼らが撮った品川や箱根の宿場町の街の写真は、古風な茅葺きの家並みですが、簡素にして整然としており、今見ても美しいと思います。

福島県会津地方に大内宿(おおうちのしゅく)という江戸時代からの宿場町が、そのままの姿で残されています。今の東北縦貫道の西側にもう一本の東北道があり、会津藩の参勤交代の時使われた街道に沿って造られた宿場町です。日本の原風景として残された数少ない風景です。(写真2)

明治の近代化は、古き美しきものを壊しましたが、新しき美しきものを造って来ませんでした。それでも明治の近代化には、西洋の美しいものを取り入れようとの意識がありました。しかし、昭和以降の日本ではその意識も薄れて、風景に相応しい美の感覚を生かした都市や街並みを造形する努力をして来ませんでした。

私達は古い歴史のある西欧の街並みを歩いて、石造りの調和の取れた家並みに美しさを感じます。それは長年の生活の蓄積が一つの秩序を形成しているからです。

秩序は形と色に現れます。形としては、家々は画一的でなく様々な変化を持ちながらも、街全体としての調和を維持しています。色彩においても、建物により、また街並みにより、色々ではありますが、街全体としては相互に調和しています。(写真1)

勿論、西欧でも新しく開発された地域では、近代的な建築様式、新建築素材の採用で、歴史的街並みと違った新都市が生まれています。従来の伝統的都市では新しい都市機能が満たせないから新しい都市を造ります。そして、そのようなモダンな都市は、新しい美しさを主張しています。

しかし、彼らは歴史的に形成された都市の形を崩さずに、新都市は別の地域に別の体系で造ります。伝統的な都市の中に、突如モダンな建築物を建てることはしません。伝統の美を尊重する気持ちが強いからです。パリの郊外に造成された新都市、デファンスはその好例です。(写真3)

翻って、東京の都市再開発の現状に、そのような配慮がなされている気配は感じられません。建坪率が緩和されれば、土地の有効利用という観点から高層ビル、超高層ビルが建てられ、街の姿は忽ち大幅に変貌を遂げます。どのように変貌するかは、予め総合的に検討されません。出たとこ勝負で都市景観が形成されます。

東京以外の大都市でもその事情は似ています。僅かに歴史的伝統のある京都や奈良、また歴史のある地方都市で、都市景観に住民の関心が高まり、地方条例で景観という観点からの規制が始まっているのが、僅かな救いです。
(以上)
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【2007/08/27 12:20】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
デザインを見る目 機関車の例
鉄道博物館-04D 06q


                    鉄道博物館-02D 06q



ロンドンに留学した夏目漱石は、随想や手紙の中でしばしば怖れの感情をもって機関車のことを書いています。漱石にとって最も印象的であったものは轟音立てて走る機関車だったようです。当時の機関車は、産業革命の旗手であり、西洋の機械文明の象徴的存在でした。

煙突から黒々とした煙を吐き、線路には白い蒸気を浴びせて、長い釜の胴体の下に連結した複数の巨大な車輪を回転させて驀進してくる機関車は、確かに自然の中では際だって異色の存在です。漱石は、ロンドン留学で西欧社会の個人主義に違和感を感じたのと同じく、機関車で代表される物質文明にも拒否反応を示したのです。

漱石のイギリス留学から一世紀余り経て、その後、蒸気機関車はディーゼル機関車や電気機関車にとって代わられ、蒸気機関車は先進国では珍しい存在となりました。今では、その蒸気機関車は、人々を運ぶのではなく見物するためにローカル線を走らせ、マニア達の愛玩物になりました。

何故、人々は実用に供せられなくなった蒸気機関車に、これ程の興味を持ち続けるのでしょうか? 自動車でヴィンテジ・カーを愛するように、古い蒸気機関車に人々が愛着を感じるのは理解できます。しかし、機関車はヴィンテジ・カーのように姿形が多様ではなく、また個性的でもありません。

蒸気機関車は愛玩物と言うには巨大であり頑丈過ぎます。所謂、可愛らしさに欠けます。しかし、蒸気機関車が走る時の様子は、ディーゼル機関車や電気機関車のように無表情ではありません。表情が人間的なのです。外見は無骨ですが、動力の伝達に蒸気を使っているため、恰も人間が息をしているかのようです。

ロボットが実用に供されたとき、西洋人はロボットをライバルとして受け取り、ある種の敵意を抱いたそうですが、日本人は仲間意識で受け入れました。そのことは工場のロボットにアイドルの名前を付けて使ったことからも分かります。機械に人格を認めるような日本人の感覚は、蒸気機関車への愛着にも働いているでしょう。

時が経ちデザインに馴染んでくると、動く工場のような蒸気機関車に対しても違和感は無くなるのでしょうか? 
或いは、より巨大な建造物の出現で、機関車は相対的に小さく感じられて違和感が薄れるのでしょうか?
もののデザインは、それが誕生したときの印象と、時代を経てからの印象とは違ってくるのかも知れません。

デザインは時代と共に変わります。無骨な蒸気機関車からロケットのような流線型の新幹線まで激しく変わります。しかし、デザインを見る人々の感覚の方も変わります。嫌いだったものが好きなり、モデルチェンジすると旧式のデザインが良く見えると言った経験を、皆さんもしたことがあるでしょう。

最近まで、秋葉原電気街の近くの万世橋の袂に交通博物館がありました。その入口の脇に蒸気機関車D51(愛称デゴイチ)と初期の新幹線の先頭部分が飾られていました。それは機関車のデザインの変遷を示す面白い展示物でしたが、どちらに愛着を感じるか考えるのに良い展示物でもありました。
(以上)
【2007/08/20 13:22】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
雲は魔術師
バンコク夕焼け-01P 78c
夕方の入道雲

               雲-01P 93c
               山岳地方に現れる釣鐘雲の変形

                      雲-09P 96c
                      夕焼け空の鰯雲

                              雲-12P 02c
                              上空から見た地表を流れる雲


見ていて厭きないものに、水の流れと雲の動きがあります。多くの画家達は、風景のなかで水や雲を描くことに心血を注ぎました。雲は水が気化したものですから、両者は融通無碍という点で性質は似ています。変化して止まない水と雲は、画家達を惹き付けたのでしょう。

写真家にとっても水と雲は興味尽きない対象です。風景写真では、地上では水、天空では雲が入ると画面は生き生きとします。水と雲は、その色彩と動きで写真家の心を捉えます。太陽の光で、水と雲は七色の変化を遂げ、風の力で、水面は波打ち雲は飛んで形を変えます。

水の変化は地上という二次元の世界での変化です。しかし雲の変化は空中という三次元の世界で生じます。雲は下からも上からも見ることが出来ます。そして季節を顕す雲、気象を予告する雲、朝夕の太陽に映える雲など、変化の種類は多彩です。

水と雲との動きで違うところは、水の動きは繰り返しますが、雲は二度と同じ動きをしないことです。写真はよく射撃に喩えられます。瞬時に仕事が完了する射撃のような写真撮影は、魔術師の雲を捉えるのに最適です。

地上で撮るべきものが見つからない時は、空を見上げてみましょう。思わぬ被写体が待っていることがあります。
(以上)
【2007/08/14 07:57】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マーティン・パー写真展 写真の原点へ
今、東京都写真美術館ではマーティン・パー写真展「FASHION MAGAZINE」(07.7.7~8.26)が開催されています。東京都写真美術館のホームページでは、この写真展について、2005年に出版されたマーティン・パーの『FASHION MAGAZINE』は、そのシンプルなコンセプトに華やかなイメージとその裏側、そして何よりも彼一流のアイロニーを効かせた代表作といえるでしょうと紹介しています。

しかし、マーティン・パーはこの写真展の開催挨拶の中で次のように言っています。「この写真展のためのテーマというものが存在するならば、人生のすべて、と言えるでしょう。われわれは、日々仕事に向かい、ショッピングを楽しみ、歯医者に通い、かと思えば浜辺のバカンスにも出かけます。そんな日常生活の中で、いくつかの写真にはモデルを起用し、またいくつかの写真には通りで見かけた人々を撮っていますが、どうです? みなさん、区別がつかないでしょう?」

嘗て、スーザン・ソンタグは彼女の「写真論」の中で、写真家は都会の孤独な散歩者、地獄と官能の観察者として始ったと言いました。マーティン・パーは、まさに孤独な散歩者として身辺の人生すべてを観察して撮影しています。

更にマーティン・パーは開催挨拶の中で続けます。
「ある写真はドキュメンタリーのように、またある写真はファッションらしく撮っていますが、いずれもアートっぽくも見えるでしょう。それらの違いについて論じることはなんて面白いことか! 世の中の決まり事などかなぐり捨てて、私は新たなスタイルを展闘していきます」

新たなスタイルを展開するとのマーティン・パーの決意は、芸術的写真を美的に、また技術的に完成させると言う、従来の伝統的手法に反旗をひるがえすことを意味します。それを、彼の写真にはユニークなコンセプトがあるとか、アイロニーに満ちているとか批評するのは、いささか見当違いだと思います。

そのことを、具体的な展示作品で見てみましょう。
先ず、展示場に入るなり狭い廊下のような展示場の両側に、中高年の男女のキッス・シーンを大写した写真が並びます。「クチュール・キス」シリーズと称するこれらの写真は、ファッションショウに集まる人々の裏側をスナップしたものです。この廊下の展示場を進む私達は、これからファッションショウを見に行く気分になります。

「研修生」シリーズでは仕事を習い始めの女性が、上司の指導を受け、コピーを取り、書類を探す平凡な場面を撮った写真です。日常何処でも見るありふれた場面が被写体に選ばれ、それをカメラに捉えられると「そうなんだ」と事実を確認させる写真です。これが伝統的写真とは違う写真であると、マーティン・パーは主張しています。

「ジャンク・スペース」シリーズも、同じく平凡な事実を淡々と伝える写真です。スーパーの外と中で日常の食料品を買う女性は「こうなんだ」と駄目を押すような情景です。カメラは、他のいかなる伝達手段よりも事物をよく見る力があると、主張しています。

ドキュメンタリーでありながらファッションらしく、その結果アートっぽく見える写真は、「リミニ」シリーズの一枚です。浜辺を長身の着飾った美女が歩き、反対側から短躯の中年男が半裸で歩く海浜風景は、相対化の手法で写真の美の意味を示した例だと思います。

相対化と言う手法で見る人を惹き付ける写真は「ジョッキー」シリーズです。長身で大柄な顔無しの美女を前面に据えて、小柄な競馬騎手たちにカメラを凝視させる構図は、ひたむきな騎手たちの表情を引き立てます。写真を見る人達は、美女はどんな顔をしているかと視線をめぐらすが発見できず、騎手たちの引き締まった顔に目を向けるのです。

写真を見る人々にこのように語りかける写真としては、ハイヒールを撮った「シリーズ・ファッション」があります。女性のハイヒールをフォーカスしたりアウトフォーカスしたして、背景から靴へ、靴から背景へと視線を誘導するのです。被写体はいずれも平凡なものですが、マーティン・パーの手になると一種のダイナミズムが生まれて、ひとびとを惹き付けるのです。

スーザン・ソンタグは前述の「写真論」で、写真はそれ自体は芸術形式ではないが、その主題を全て芸術作品に変える特別の能力を持っていると述べています。マーティン・パーは、写真の原点に戻ることによって主題を芸術作品に変えているのでしょう。
(以上)
【2007/08/08 15:33】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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