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桜の写真は難しい
清水寺と桜-01P 94qc


                 桜-03P 94Y3q


                                   ボートと桜-11P 96qtc


桜は、日本人にとって花の中でも特別の思い入れがある花です。同じく日本人が古くから愛した花に梅がありますが、桜には梅よりも更に深い愛着を日本人は感じていたようです。

武士として生まれ、後に僧侶となり、歌人として有名な西行法師は、桜に憧れて「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」と詠みました。そして詠んだ歌のように往生したと言われます。日本人の桜の花への思い入れを描いて、これ以上の歌はありません。

梶井基次郎という作家は、桜があのように美しいのは「桜の樹の下には屍体が埋まっている」からだと、「檸檬」という作品の中で語っていますが、桜の花に人間の血が流れている連想があるからでしょう。日本人は、桜を見て本能的に血が騒ぐようです。

梅が理知的な花とすれば、桜は情熱的な花です。梅が寒さの中に凛とした「静」の美しさを示すのに対し、桜は暖かくなる中で一斉に咲いて素早く散る「動」の美しさを示します。

写真を撮るという観点からは、梅より桜は難しいと思います。「静」と「動」の違いだけでなく、桜への情緒的愛着が強いためかも知れません。被写体への思い入れが強いと、巧く撮影できないようです。桜の撮影では、心理的に少し距離を置いて、突き放した気持ちで臨む方が良いようです。

俳人芭蕉に「さまざまのこと思い出す桜かな」と言う句があります。桜は思い出の契機に過ぎないような、或いは桜の花を鳥瞰視するような、さっぱりした俳句です。桜を写真に撮るときは、芭蕉の心境で撮ると成功するでしょう。

芭蕉に倣って、様々な思い出を桜で語った写真を三枚掲げました。
(以上)
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【2007/04/25 22:48】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
デジタルカメラと銀塩カメラの違い

近年は、フィルムを使う銀塩カメラが廃れて、デジタルカメラが盛んになりました。カメラの量販店の売場を一瞥すれば分かることですが、広い店内でフィルム売り場を探すのに苦労する始末です。

デジタルカメラは、光を認知する半導体素子(受光素子)を使って光を電気信号に変換して映像を表現しますが、銀塩カメラはフィルムの感光剤が光に当たって化学反応を起こした結果が映像となって現れます。

デジタルカメラではコンピュータで処理できる01信号を通して形と色を再現しますが、銀塩カメラではフィルムに塗られた感光剤の粒子が光によって変化して形と色を生成します。

この電気信号と化学反応の原理的違いは、同じ情況を写した写真でも違った印象を与えることがあります。輪郭や色彩の鮮明さは似ていても、プリントされた写真に微妙な違いがあり、雰囲気がどこか違ってくるのです。

これは、ピアノで同じ曲を同じ奏者が弾いても、ピアノが違うと音色が異なるのと似ています。更に言えば、音楽好きが真空管のオーディオ製品を求めるのは、デジタル製品では味わえないアナログの音色にこだわるからでしょう。

音楽で音色を大切にする人がいるように、写真でもフィルムで撮られたアナログの写真を好む人がいます。アナログ好みは音楽も写真も少数派になりましたが、それでも根強い人気があります。

それは、デジタルが何処か直線的でゆとりが欠けるのに対し、アナログは曲線的であり暖かみがあるからでしょう。フィルム売場がこれ以上縮小しないことを願う者です。
(以上)
【2007/04/12 11:01】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マグナムが撮った東京
マグナム・フォトス創設60周年を記念して、写真展「マグナムが撮った東京」が東京都写真美術館で開催されています(2007.3.10~5.6)。マグナムとはロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアによって1947年に創設された写真家結社です。

展示されている写真は、マグナムのメンバーが1950年代から2005年にわたり東京を撮影したものです。展示会では、50年代は復興、60年代は成長、70年代は発展、80年代は飛躍、90年代は狂乱、2000年代は新世紀と銘打って時代区分をしていますが、展示された写真は必ずしも時代の特徴を捉えているとは言えません。

外国人であるマグナムのメンバーが短期間日本に滞在して、たまたま撮影した写真が時代特性を表現すると考えることに無理があります。マグナムの写真家達の感性が日本社会をどう捉えたか、と言う観点で鑑賞すれば十分であり、時代区分や時代特性を殊更強調する必要はないと思います。

以下では、印象的だった写真についての感想を、見た順に述べてみます。

先ず、印象的だったのはワーナー・ビショフの「銀座1951」です。ハイヒールのモダンな女性が闊歩している銀座通りにリヤカーが走り、その背景には日劇(有楽町マリオンの前身)と旧朝日新聞社ビルが見えます。ロバート・キャパが当時の日本のカメラ雑誌で「ストーリーカメラマンは頭と眼と心が機動的に働かねばならぬ」と書いていましたが、まさにその通りで、この写真は一瞬のうちに戦後間もない頃の銀座の姿を捉えています。

次に、カルティエ=ブレッソンの「歌舞伎役者、市川団十郎の葬儀1965」です。葬儀場でハンカチで涙を拭う二人の女性と横顔の二人の女性を四分割の画面に均等に配置し、真ん中には漢字で告別式という立て札を置いています。決定的瞬間を提唱したカルティエ=ブレッソンは、瞬時に画面の構成を作り上げる名人でした。日本の葬儀場で動き回る人々の群れを、悲しみの塊として表現した傑作だと思います。

第三に、バード・グリンの新年の一般参賀での「昭和天皇1961」です。皇后様と美智子妃殿下を手前に大きく入れて、国民に手を振って挨拶される昭和天皇のお姿と自然な表情を巧みに捉えています。天皇家に親しみをおぼえるスナップです。

第四に、イアン・ベリーの「東京1972」は、ラウ屋を囲む客達を写したものです。ラウ屋とは、きざみ煙草を吸うとき使う煙管(きせる)の修理屋のことで、煙管の吸口と雁首との間にある竹の管のことをラウと言ったので、彼らはそう呼ばれました。彼らは、戦前からリヤカーに煙管の掃除道具を積んで街を歩いていましたが、とうの昔に消えた商売です。写真では「らう留」という屋号のラウ屋が、袢纏を着た男と商談をしています。1970年代には、こんな街の風景もまだ残っていたのかと懐かしくなる写真です。

第五は、ブルーノ・バルベイの「成田空港建設反対デモ1971」です。デモ隊の学生達は長い竹竿を槍のように警察官たちに突きつけます。警察機動隊は沢山の楯で防ぎます。やや上方から撮った写真では、両者のせめぎ合いが緊迫感を以て伝わってきます。暴力では何事も解決せず、その後遺症で成田空港が未だに国際空港として不完全な状態にある原因を思い出させる一枚です。

第六に、リチャード・カルバーの「職を探す人々1987」は、淺草の職業安定所でたむろする、不安な表情の労働者を捉えています。豊になった今、街で見るホームレスは無気力ですが、20年前、職を求めてありつけなくても、人々には未だ気力はあります。鉢巻きをして柱にもたれる男の顔を、じっと見詰めてしまいました。

第七に、同じリチャード・カルバーの「東京1983」は、公衆電話器のあるコーナーで数人の人々が思い思いの表情で小声で電話を掛けている情景です。今は、携帯電話でバラバラに大声で電話をしています。ついこの間まであった公衆電話情景は懐かしいものになっています。

第八に、デビッド・アラン・ハービーの「東京1853」は、満員の山手線でドアに押しつけられ、ガラスに手を当て必死に耐えている通勤者の表情を捉えています。今でも屡々起きている情景ですから物珍しくはありません。20年経ても変わらないものは変わらないのかと、思い知らされる一枚でした。

その他で印象に残ったのは、技巧的構図を描いたゲオルギー・ピンカソフの数枚の写真です。影の紋様、夜の階段と探照灯など、興味ある作品です。しかし、東京というテーマからは遠くなります。

1990年代以降の写真は「狂乱」「新世紀」と時代区分されていました。確かに多くの写真は、孤独、乱雑、拡散というイメージを描いていますが、東京または日本の特徴を捉えたものなのか否か、良く理解できませんでした。現代に近づくほど情報の伝達が早くなり、世界が均質化してきて、マグナムの名手たちも、これが東京だと見分けるのに苦労しているのかもしれません。
(以上)


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【2007/04/07 07:48】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真は感傷を誘う
原田、青函連絡船-01P S34c
煙突から黒煙を吐きながら航行する青函連絡船 1959

               東北・北海道出張-22N 65hqtc
               地峡都市、函館の街は地形は変りませんが、今より平らでした。

                              札幌出張-09N 58qc
                              札幌大通りのビルは低層でした。

写真は古くなればなる程面白いと、人は云います。それは、時間が経つ程に写真に写った事物と現在の事物とが大きく異なるからです。

それは昔はこんな佇まいだったのか、こんな顔形だったのか、と懐かしくも珍しく見えるからです。しかし、現在の自分と関わりのない写真は、いくら古くても余り面白いとは感じないでしょう。

批評家ソンタグは、写真の魅力について次のように述べています。
「写真の発揮する魅力は死の形見であるが、同様にそれは又、感傷への招待でもある」と。

ソンタグの言う死の形見とは、写真に撮られた対象物は写されたときに死に、「死に顔」だけが残ると言う意味です。勿論、現実は生き続けて変貌を遂げていきます。今日まで生き続けた現実は写真に撮られた「死に顔」とは違ってきます。

死の形見は感傷を誘います。写真を見て感傷に耽るのは、楽しくもあり、嬉しくもあり、寂しくもあり、悲しくもあります。人は知らないうちに、写真に写された事物から、当時と現在の心境の隔たりに色々の感懐を抱くのです。

今から半世紀余り前、出張で北海道へ旅したときの写真が手許にあります。夜行列車で青森まで行き、青函連絡船で津軽海峡を渡り、北洋漁業で賑わう函館の街を見、長万部でゆでた毛蟹を食べ、札幌で整然たる市街を散策した思い出は、これらの当時の写真で生き生きと甦ります。

本当に古い写真は人を感傷的にしてくれて魅力的です。
(以上)


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【2007/04/02 12:21】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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