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ファッション写真家 ギィ・ブルダン
東京都写真美術館でギィ・ブルダンの写真展を見ました。

ギィ・ブルダンは、ファッション写真家として注目を集め、広告写真を芸術写真にした写真家です。数々の超現実主義的な作品を発表し、晩年には20世紀で最も革新的なアーティストと云われました。

写真展では女性と靴を主題とした作品が多くありましたが、それは彼が長年、フランスの高級婦人靴メーカーのシャルル・ジョルダン社の広告写真家として活躍したためです。

しかし、彼の手になると、広告写真は広告の域を超えて、心理的な表現、更には芸術的な表現にまで高められて、見る人の目を釘付けにします。

赤いソファーに伏せる赤い服の女がはいている赤い靴、階段を上る脚だけの女がはいている靴、警官に追われる女が抱える巨大な靴、これらは靴を材料にしながら女性の願望や欲望を象徴しています。

写真家マン・レイや画家マルグリットのシュール・レアリズムを思わせる奇抜な題材と構図は、見る人に想像の世界を与えます。解説には「解読困難なメッセージを創り出し、不条理と崇高なものの間を表現した」とありましたが、見終わった後も、あれは一体何なのか?と人々を不安にさせます。

実像とその実像を写した写真とを一枚の写真に収めた作品が幾つかありました。これなどは現代画家達が超現実的手法として採用した方法ですが、ここには解読困難なメセージが込められています。

それよりも、画面の大半は沢山の黒い傘で被われていて、その一部に顔が覗いている作品、原野に散乱する倒木に縋るかのように差し伸べた赤いマニュキアした女性の手の作品など、人間の深層心理を追求したと思われる作品に、一種の凄みがありました。

また、流れ出た赤いペンキが倒れた女の吐いた血の如き作品、口紅と黒人の厚い唇を組み合わせた作品など、色彩感覚も強烈なものがあります。

確かに、ギィ・ブルダンはファッション・フォトを追求して、従来のファッション・フォトの約束事を破壊しました。しかし、広告写真の本道は踏み外しておりません。それは、高級婦人靴の老舗、シャルル・ジョルダン社が、こんなに長くギィ・ブルダンに仕事を依頼し続けたことが何よりの証拠です。
(以上)


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【2006/05/31 11:07】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
デザインはアートです
                骨董品-02P 88
              古道具屋にあったマン・レイの写真

アートは主観的なものであり、デザインは客観的なものである、と云う人がいます。アートは他人の評価にかかわりなく表現できるが、デザインは他人の客観的評価を受けて世の中に出現できるというのです。

19世紀末に、それまで芸術の世界から無視されていた民芸品が美術品として脚光を浴びました。工芸と芸術を区別する境界線は無くなり、生活用品にも美的な評価の目が注がれました。アールデコの香水瓶などその一例です。

アーティストがデザイナーになるには、自らの作品を一般の多くの人たちに評価されなければなりません。独りよがりのアーティストはデザイナーになれません。他方、デザイナーは必ずアーティストでなければなりません。アーティストでないデザイナーは泡沫のように消え去ります。

アートは人の心から発し、人の心に達します。アートの世界は論理では動かず、感性で動きます。デザインの核心には感性がありますから、デザイナーはアーティストでなければならないのです。それなのに、何故モダン・アートでは論理が優先したのでしょうか? モダン・アートのリーダーたちが建築家であったことに、その原因があるようです。建築の根底には合理性を強く求めるものがあるからです。
(以上)


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【2006/05/29 08:16】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
デザインする心
                 落書き-01P 96q
             止むに止まれぬデザイン 落書き

デザインする心とは何でしょうか? それは観賞し、使用し、思索する心です。

この世にあるすべての物はデザインされています。この世に生まれ出るとき、すべてのものは既にデザインされているからです。しかし、人々は更に、デザインすることを望みます。デザイン済みのものをデザインし直すことに情熱を燃やします。デザインの上にデザインが積み重なります。かくして、世の中にデザインが満ちあふれます。

人々は常に、この世には未だデザインが足りないと感じます。既に満ち満ちているデザインでは、人々は満たされないのです。求めるデザインが創造されると、便利になり、快適になると考えます。そして嬉しくなり、喜びを感じ、人々の心は満たされます。

デザインされる対象物は色々です。具体的なものから抽象的なもの、小さなものから巨大な物、単純なものから複雑なもの、政治・経済・社会の組織・体制に至るまで、すべてのものはデザインの対象となります。

デザインする心で身辺の現象を観察すると、面白いことが沢山あります。この写真随想では、デザインそのものを論ずるよりも、デザインと云う切り口で、写真を使って、人々のいろいろな活動を見詰めていきます。
(以上)


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【2006/05/28 23:32】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アングルの面白さ
風景でも人物でも、視点を何処に置くかで映像の構図が決まります。映像の構図は表現する内容を決めます。従って、画家も写真家も視点の置き方に工夫をこらします。誰も置かなかった視点を発見すれば、それだけで独創性を出せます。

写真家は殊の外、カメラの位置、すなわち視点(アングルと言います)を大事にします。僅かな位置のずれにも敏感ですし、微妙なアングルを発見することに努力します。そして大胆なアングルの発見にも挑みます。

普段見慣れないアングルから撮られた写真は、その意外性だけで人々の注目を集めます。写真を見る人に新しい感動を与えるからです。

と言いましても、私のこの写真で感動して下さいとは言いません。でも面白いとは思いませんか。
(以上)

                ピアノ演奏会-02D 03tq


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【2006/05/26 10:31】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
日本の子供写真展を見て
昨年12月から今年1月にかけて、東京都写真美術館で「日本のこども60年」という写真展が開催されました。そこには、戦後60年の間に、日本の写真家達が撮影した色々な場面の子供達の写真が展示されていました。

現代の青少年の多くは、物質的に恵まれた現在の生活しか知らず、現状を当然のことと考えています。彼らは祖父母や両親が生きた子供の時代の写真を見て、ここは何処の国?と思うでしょう。

15世紀にグーテンベルグが印刷機を発明したとき、文字の情報が社会に素早く伝わりました。19世紀にダゲールが写真機を発明すると、やがて映像の情報が社会に伝わりました。

印刷機と写真機の発明は、文字情報と映像情報の伝達に大いに貢献しました。その結果、同時代の人々が同じ情報を共有できるようになったと同時に、異時代の人々が時代を越えて同じ情報を共有できるようになりました。

敗戦直後の破壊と貧困の中でも子供達は明るく元気でした。遊びに熱中する子供達は、生き生きとして喜びに満ちあふれていました。家族や友達とのふれ合いの微笑ましい光景もありました。そこには、子供達の逞しさと喜びを見ることができます。

過去60年間の子供たちの写真は、人生における子供の時代の大切さを教えてくれます。映像が伝える過去の歴史は、文字で伝える歴史よりも人々に強烈な印象を与えます。
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【2006/05/24 21:00】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ブラッサイという写真家
旧聞に属しますが、昨年、東京都写真美術館でブラッサイのポンピドゥーセンター・コレクション展を見ました。メモを頼りにその印象を語ります。

ブラッサイとい写真家は、写真機を用いた芸術家と云われます。有名な写真集「夜のパリ」から始まり、「変異」と「落書き」に終わる写真集の全ては、写真が芸術的に表現できる深さと広さを余すところなく語ってくれます。

写真集「夜のパリ」は、夜の女性の生態を撮りながら、単なるルポルタージュではない、人の命そのものを捉えています。また、「夜のパリ」には、見事な造形写真も含まれています。

「オートゥイユ高架橋」のコンクリート橋脚、「ウラク運河の石炭置場」の階段などは、夜の姿を見事に抽象して隠れた夜の美を気付かせてくれます。

1951年ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「5人のフランス人写真家」展に出展した写真でも、ブラッサイは風景を造形化してとらえています。「地下鉄の石柱」は石柱の影に人の気配を感じさせ、路上に広げた漁網と街路樹の列とを組合わせた「漁網、カンヌ」は形で音楽を奏でているようです。

写真集「ミノトールとヌード」に収められた「状況的魔術-芽の出たジャガイモ」という二枚の写真は、画家ゴッホが植物の生命力を引出そうと描いた静物画を彷彿とさせます。

 写真集「変異」は写真とオブジェをコラージュして組合わせて、別の世界を創造しています。その中の「捧げ物」「夢見る少女」は奔放な想像力で私達を別の世界に連れていきます。その想像力の飛躍は意表を突き、写真に付けられた題名を見て、成る程と納得する次第です。

最後に、展示場の隅の左右の壁面一杯に、写真集「落書き」の写真が60枚弱ほど不規則に並べて掲げてありました。ブラッサイは、パリの街の古い壁に刻まれた落書きを数年にわたり繰り返し撮影し、後に写真集「落書き」として発表していますが、これらはその一部です。

誰が描いたか分からない壁の傷跡を写真に切り取って抽象画にしてしまうブラサイは、どんな人なのでしょうか。

彼は何処かで云っていました。ヴィジョンによって幻想化された現実の世界を以て、実在性を表現するのだと。「落書き」シリーズは、それを実践した作品なのでしょう。

掲載した写真は、隅田川近くの柳橋を夜に撮影した私の写真です。現物をお見せできないブラッサイの「夜のパリ」をイメージするにはお粗末様でした。
(以上)


                柳橋-01P 02h


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【2006/05/22 10:41】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ウィリアム・クラインの写真
アメリカ・ドキュメンタリー写真は、20世紀半ばに突然現れたウィリアム・クラインによって、新しいスタイルを獲得します。

クラインは、1956年写真集「ニューヨーク」でデビューしましたが、その時、彼はアメリカ物質文明を痛烈に批判したと評されました。彼は事実を客観的に写した従来のドキュメンタリー写真では真のリアリズム写真にはならないとして、映画的手法で社会的風景を切り取って行きました。

彼のドキュメンタリー写真は、訴えたい対象を画面の前面に押し出します。画面はデフォルメされたかのように、強いコントラストで描かれます。画家を目指し、映画も制作したクラインならではのドキュメンタリー写真です。

東京都写真美術館で「パリとクライン」という題名の写真展が開かれたとき、彼の「ニューヨーク」をを期待して見に行きました。作曲家ガーシュインは、詩曲「パリのアメリカ人」でジャズの旋律とリズムを取り入れて従来のクラシック音楽に挑戦しましたが、ニューヨーク生まれのアメリカ人クラインにも、デビューの時見せた斬新な手法でダイナミックにパリを撮影した写真を期待していました。しかし、展示された写真の殆どは社会的風景ではなく、パリの街の人々の表情を撮ったものでした。

今回の写真展「パリとクライン」では、クラインは人々の「心」を写しています。その中で印象的だったのは、葬列の人々を撮った4枚の写真でした。(65、
66、67、68の各号)

これら4枚の写真は、モーリス・トレーズ、ティノ・ロッシ、およびイヴ・モンタンの葬列に参加する男女の表情を写したものですが、故人に対して抱く哀しみが的確に捉えられています。クライン自身が、葬列に参加した人々と悲しみを共有していたのでしょう。

クラインは別のところで述べています。
「絵を描くこと、映画を撮ること、そして写真を撮ることは、表現の方法は違っても、それらは何時も私の自写像である」と。

作品の一つに、寂れた裏町でただ一人パンを抱えて新聞を読む少年「バケットを抱えた物知り坊や」
(46号)が気になりました。これは幼い日のクライン少年の自写像なのかも知れません。
(以上)


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【2006/05/20 09:51】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真は誇張する
画家は、時には訴えたい対象物を実際より大きく描くことがあります。写真家も強調したい対象物を見た目より大きく写すことがあります。

写真では主題になるものを強調したいときには、広角レンズを用いて被写体に接近して撮ります。すると、画面のなかで被写体間の相対的大きさが変化して、レンズに近い物ほど大きく写ります。

そこに在るものを在るがままに写したものが写真だと思うと騙されます。写真でも絵画と同じく誇張して描くことが出来るのです。

それでは、何故誇張するかと言えば写真を見る人の心に語りかけるためです。写真家は写真を見る人に、ここを見て下さい、と云うのです。ここを見れば、今まで普通に見てきた時と違う世界が見えるでしょう、と云うのです。

絵画の世界では、近代に入ると外界を写実することから心の内面を描くようになります。心を描写するのに、画家は形も色も思いのまま自由に使うことが出来ますが、写真の世界では、カメラという機械を用いるため、そのような自由はありません。

そこで単なる写実から心の描写に向かう手段の一つとして、誇張が行われます。ここに掲げた写真は、横浜の港からベイブリッジを遠望したものです。船を係留する杭を誇張することで、横浜港に入港する巨大船をイメージしました。
(以上)

                桟橋船杭-02D 05q


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【2006/05/18 10:42】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ドキュメンタリーを芸術にまで高めた写真家達
(「アメリカ・ドキュメンタリー写真の創始者たち」の続き)
以下も昨年、東京都写真美術館で「明日を夢見て」というテーマの写真展を見た時の記録と作品毎の感想です。

この時代、アメリカ政府は、社会政策の必要性を議会に理解させるため、写真家たちに記録写真を撮るよう委嘱しましたが、政府に依嘱されアメリカ・ソーシャル・ドキュメンタリーの写真家達は、記録写真にとどまることに飽きたらず、それを芸術的表現にまで高めた多数の写真を産み出しました。


(1)Walker Evans
 Evansは、世界恐慌の後のニューディール政策に協力し、農業安定局が進めた農民救済政策のための記録写真を撮影する事業に参加しました。
 彼はその仕事を遂行するに当たっても、記録写真には生き生きとしたイメージで本質を捉えたものこそが最も重要であり、単に問題を写実して提示するだけの写真は、真の記録写真ではないと主張しました。
 その所為か、彼の記録写真は、芸術的な構図と明暗で表現されていて、美しさまで感じます。

  作品「ジョージア州アトランタの黒人地区」
黒人達の貧困地区にある街路の一廓をリズムある形で捉えており、建築物の明暗のバランスも良く、貧しさを混沌ではなく秩序を以て表しています。

  作品「ペンシルベニア州のベツレヘム」
巨大な白い十字架の墓碑を前面に置いて、背景に製鉄工場の煙突群が林立する二つの対称的な被写体のコントラストは印象的です。「現世での利益増進は神の栄光をいや増す」というプロテスタントの精神の現物を見せつけられる思いです。

  作品「台所の壁 アラバマ農場」
これは農場の片隅で発見した、何の変哲もない風景です。白い木板を張り付けた壁に、ナイフ、フォーク、スプーンが束ねて差し掛けられているだけの、しかし静物画を見るような情景には、Evansの強烈な美意識を感じます。


(2)Dorothea Lange
Langeは、カリフォルニア州と連邦政府再定住局の依嘱を受けて、中南部から西部に移動する開拓農民の姿を撮影しています。 ジョン・スタインベックが「怒りの葡萄」という小説で、アメリカ人に西部の開拓農業の過酷な状況を知らせたように、Langeは写真の映像で同じことを成し遂げました。

  作品「移民の母 カリフォルニア州ニボモ」
開拓移住者のキャンプの母子を撮った写真ですが、激しい肉体労働で生活を支える母親の険しい表情には、逆境に負けない強い意志すら感じます。心の内面まで描写した傑作です。

  作品「移民の綿摘み アリゾナ州イロイ」
一人の綿摘みの移住労働者が、顔の下半分を手で隠し、その手を裏返して見せる掌は何を語っているのでしょうか。その掌は、自らをカメラから隠すのではなく、カメラに向かってこの苦労を分かってたまるか、と云っているようです。
(以上)


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【2006/05/17 08:54】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アメリカ・ドキュメンタリー写真の創始者たち
南北戦争で統一を果たしたアメリカが、本格的に経済発展を遂げるのは20世紀に入ってからです。1929年の世界大恐慌を挟んだ20世紀始めから30年間余りのアメリカ経済は、経済拡大路線をしゃにむに突き進んだ時代です。

社会の至る所に矛盾は噴出し、このままでアメリカ社会は良いのかと問われていました。しかし、その現実を正しく知る人達は少なく、その解決の緊急性について人々の理解は不十分でした。

アメリカ・ドキュメンタリー写真は、その時代に社会報道の手段として大いに活躍しました。ドキュメンタリー写真家たちは、激しく揺れ動くアメリカ社会の実態を見事に捉えて人々に伝えました。

アメリカ・ドキュメンタリー写真の創始者たちは、敢えて社会の恥部を写真に撮って公表し、国民が皆でその恥部を直視し、それを是正していこうとしたのです。写真展の副題「写真が社会を変えた」にあるように、彼らは写真で社会が変えられると信じた写真家たちでした。

以下は、昨年、東京都写真美術館で「明日を夢見て」というテーマの写真展を見た時の記録と作品毎の感想です。


(1)Jacob A.Riis
 Riisは、ニューヨーク移民の悲惨な生活を撮影しています。彼自身も移民の子であるためか、当時流行していた芸術写真には興味を示さず、誰も取り上げなかった移民達の悲惨な生活を沢山撮影しいます。今日の報道写真の祖と云われる所以です。

  作品「死の巣窟」
白っぽい数階建ての木造建物が、今にも倒壊しそうに傾いて二棟ほど立っており、窓に吊された沢山の洗濯物は、老朽化した建物内には大勢の貧しい人達が住んでいることを示しています。

  作品「幸せ者の布の城」
二本の太い角材が腰の高さに併行して設置されています。その柱に分厚いシーツがハンモックのように一定間隔に張られています。日雇い労働者のための、一泊7セントの宿泊所です。


(2)Lewis W.Hine
Hineは大学で社会学を専攻した学者であり、写真で社会の正義を実現しようとした確信者としての社会派写真家でした。

彼は、この方面で沢山の仕事をしていますが、今回展示された写真は、アメリカ政府の依頼で児童労働の過酷な現状を記録したものであり、これらの写真は児童労働禁止法案の成立に貢献しました。

  作品「新聞少年」
新聞配達の少年は、疲れ切って新聞の束を抱えたまま、階段の途中で寝ています。放課後から午後9時まで働いて10セントの報酬しか得られないとのことです。新聞には、”Wanted Small Boys”と言う求人広告がありました。

  作品「炭鉱で石炭を砕く少年達」
薄暗い仕事場で、数人の少年達が石炭を砕く作業をしています。彼らの後ろには、鉄棒を持った監督者が監視するように立っています。
(次回に続きます)
(以上)


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【2006/05/16 13:37】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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