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江戸と東京の貯木場(木場)の変遷
1.猿江恩賜公園-08D 1202q
写真1
2.木場親水公園-11D 0908q
写真2
3.貯木場-04P 83q
写真3
4.新木場貯木場-07D 1501q
写真4

昔から日本では建設資材と言えば材木でした。材木しかなかったと言えます。

江戸は屡々大火に見舞われました。その都度、大量の木材を必要としましたので木材の貯蔵所、即ち貯木場が造られました。

江戸川区の猿江恩賜公園は徳川幕府の貯木場があったところです。
明治になって、そこは政府御用達の貯木場になりました。
戦後に、貯木場は廃止になって猿江恩賜公園になったのです。
写真の池は、木材を貯蔵したところで、保存のため木材は石材で沈下させていたそうです。
(写真1)

猿江恩賜公園から少し南に下ったところに木場公園があります。
ここも貯木場のあったところです。ここは建設当時は隅田川の河口でした。
紀伊国や木曽から伐り出された木材は海路運ばれて、ここに貯木されました。
写真は、貯水池内で木材を移動させる作業の「角乗」の実演を見せるために、貯木場跡地の一部水面を残してある場所です。
(写真2)

木場の地先が埋め立てられて手狭になったので、戦後、荒川の河口に移転して新木場となりました。
新木場には遠く南洋から外国産木材も運び込まれて、貯木場は南洋材の丸太でいっぱいになりました。
(写真3)

しかし、間もなく原木の輸出国は原木の丸太を自国で加工して製材品として輸出することになります。
そして新木場の貯木池は急速に空っぽになりました。
(写真4)

その結果、当初の新木場は丸太を製材加工する工場団地として活況を呈していましたが、今は静かな木材流通市場になりました。
(以上)
【2018/09/22 18:49】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
皇居前広場のケヤキたち
1.皇居前広場(皇居外苑)-69D 1712qt

2.皇居前広場(皇居外苑)-79D 1712qr

3.皇居前広場(皇居外苑)-78D 1712qt

5.皇居前広場(皇居外苑)-83D 1712q


縄文時代には日本列島はブナ林で覆われていたと言います。
日本に広く分布する広葉樹の代表にはブナの外にケヤキがあります。

関東地方では古いお屋敷に大木のケヤキが聳えていることがあります。
しかし、大木のケヤキが育つには、広い大地が相応しいです。
広い大地に聳え立つケヤキは、その全容が見えて遠くからでも目立ちます。

「けやけし」という日本語は「ひときわ優れている」とか「際立っている」という意味です。
だから「けやけし木」からケヤキと名付けられたのでしょう。

ケヤキは冬に葉を落とした時の方が見栄えが良いです。
と言いますのは、大きなケヤキの樹幹から太い枝が四方に伸びて、その枝から小枝が広がります。
その小枝の先は、繊細でしなやかな刷毛のようです。

その姿は、まるで巨大な箒を空に向けて逆さにしたようです。
皇居前のケヤキたちは、きっと冬の大空を掃除しているのでしょう。
(以上)
【2018/03/10 21:14】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
皇居前の地植えの盆栽
写真1
1.皇居前広場(皇居外苑)-66D 1712qt

写真2
2.皇居前広場(皇居外苑)-100D 1712qr

写真3
3.皇居前広場(皇居外苑)-73D 1712qr

写真4
4.皇居前広場(皇居外苑)-93D 1712qt

写真5
5.皇居前広場(皇居外苑)-101D 1712q

写真6
6.皇居前広場(皇居外苑)-96D 1712q

写真7
7.皇居前広場(皇居外苑)-97D 1712q

盆栽は、平安時代に唐から盆景として日本に伝えられたと言います。鎌倉時代には高級な趣味として武士階級に普及しましたが、江戸時代になると庶民の間で植物園芸が盛んになり、世界でもトップクラスの園芸大国になりましたから、盆栽も高級な園芸の一つとして広く町民の間で愛好されました。

その伝統は今日まで引き継がれていて、盆栽は日本固有の園芸として世界に広く知られています。盆栽は外国でも「ボンサイ」と呼ばれています。

嘗て、江戸城の前には江戸湾の海水が迫っており、浜辺には松林があったでしょう。現在の皇居前広場には沢山のクロマツが姿形美しく並んでいますが、この松林は皇居の東方近くが海浜だったイメージを喚起するものかも知れません。

このクロマツ林は、昭和15(1940年)に紀元(皇紀)2600年祭を祝って植林されたものだそうです。植えてから80年弱年の年月を経て、今では程よい背丈の、立派な黒松林になています。

しかし、クロマツの背丈も伸びましたが、皇居の東側のオフィス街のビル群は、それ以上に背丈を伸ばしました。高層ビルが超高層ビルになって聳えると、クロマツ林の後ろに屏風が立てられたように見えます。
(写真1)

目を細めて眺めていると、突然、屏風のような超高層ビル群が積み木細工のように小さく見えてきました。すると手前の松林のクロマツが樹形の美しい盆栽のように見えてきました。

盆栽と言えば、樹木を鉢植えにして、自然の風景の美を小さな鉢に凝縮させて楽しむ園芸ですが、さしずめ、皇居前の広場のクロマツは地植えの盆栽なのです。
(写真2、3、4、5、6、7)
(以上)
【2018/02/10 20:44】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
別れのテープは美しく、もの悲しい
1.小樽港出港-04D 1707qt
写真1
2.小樽港出港-08D 1707qr
写真2
3.小樽港出港-06D 1707qr
写真3
4.小樽港出港-11D 1707
写真4
5.小樽港出港-16D 1707qc
写真5
6.小樽港出港-19D 1707qc
写真6
7.小樽港出港-23D 1707qc
写真7
8.小樽港出港-25D 1707q
写真8


船が港を出港するとき、人は別れを惜しみ悲しい気持ちになるものです。
しかし、観光船の出帆の場合は、別れを惜しむ気持ちのなかにも華やいだ気分もあります。

観光船が出帆するとき、港の人々は岸壁で太鼓を叩いて無事の航海を祝ってくれます。
船上の人は、それを聞いて訪問地で受けた暖かい歓迎に思いを新たにします。
(写真1)

太鼓の送別の挨拶に応えるかのように、船上から岸壁に別れのテープが次々と投げ込まれます。
別れのテープの端は岸壁の人々に拾われて、船上の人と繋ながります。
(写真2)

船上で出港のドラが鳴ると、拍手と歓声で太鼓の音がかき消されます。
船は岸壁から静かに離れていきます。
しかし、別れのテープを受け取った岸壁の人々も、別れのテープを投げ入れた船上の人々も、テープの端を握って放しません。
(写真3、4)

別れのテープは、水平に伸びて帯状にたなびきます。
たなびく別れのテープは、やがて海上で入り乱れて舞い揚がります。
舞ながら別れのテープは綾取りのように絡み合います。
(写真5、6)

伸びきった別れのテープは岸壁の人々の手から離れて、船上の人々の手から海面に垂れ下がります。
海面に影を落として何時までも揺れる別れのテープは、船上の人々の名残惜しさを語ります。
(写真7、8)
(以上)


【2017/10/20 12:19】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
利尻島の夕日
1.礼文島沖の夕日-10D 1707q

2.礼文島沖の夕日-12D 1707q

3.礼文島沖の夕日-15D 1707q

4.礼文島沖の夕日-19D 1707q

水平線だけしか見えない北の海
雲の幕が揚がると
明るくて大きな夕日が顔を出し
穏やかな海面を照らす
夕日のところまで海を渡れるように
橙色の絨毯を真っ直ぐに敷く
空が明るくなたようだ
さあ、渡っておいでと
【2017/10/08 13:57】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
さようなら 利尻島
1.利尻島-26D 1707q
写真1
2.利尻:遠望-10D 1707qt
写真2
3.利尻島出帆-02D 1707qr
写真3
5.利尻島と礼文島-02D 1707qt
写真4
4.利尻島-48D 1707q
写真5
6.利尻:遠望-04D 1707qr
写真6

北海道の北端に二つの小島があります。
利尻島と礼文島です。

利尻島の中央には利尻富士が聳えています。
と言うよりも利尻島は利尻富士の島です。

利尻富士は海風に曝されて常に雲を纏います。
雲一つない利尻富士が見えるのは希なことです。
(写真1)

夕方になると神聖な山の聖域を守るように
雲が山の裾を囲みます。
(写真2)

船上では利尻島に別れを惜しむ乙女一人。
(写真3)

海を見ると
利尻島からの航跡が続いていました。
(写真4)

かすかに夕日を受けて赤みを帯びた利尻富士は神々しい。
何時しか裾を巻いた雲も消えていました。
(写真5)


甲板の灯りがともり
利尻富士は遠くに霞んでいました。
(写真6)
(以上)
【2017/09/17 14:15】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鉛筆ビルが林立する大通り
1.江戸通り:浅草橋~蔵前一丁目交差点-07D 1606q
写真1
2.江戸通り:浅草橋~蔵前一丁目交差点-19D 1606q
写真2
3.第一京浜:大門~芝四丁目-40D 1607q
写真3
4.鴨川-10P 94t
写真4

東京の大通りを歩いていると、背の高く細長いコンクリートのビルが隣接して建ち並んでいる街並みを見ることが屡々あります。鉛筆を立てたようなので人は鉛筆ビルと言いますが、色も形も不揃いで、街並の美観という観点からも好ましくありません。

細長い数個のビルを合体して一つの大きなビルにした方が、経済的だし、地震にも強いと思うのですが、なかなかそうはなりません。夫々の土地の所有者は自由に建物を建設する権利を主張して、土地の統合利用には至らないからだと言われます。
(写真1、2)

大通りに鉛筆ビルが建ち並ぶ光景は外国では滅多に見られません。訪日してこれを見たある外国の識者は、日本の土地所有者は共同開発の協力精神に欠けていると評していました。背後に聳える大きな高層ビルの前で不揃いに並ぶ鉛筆ビルは滑稽ですらあります。
(写真3)

他方、京都の伝統的な町屋の街並では、間口の狭い二階建ての木造家屋が並んでいますが、建物の高さがほぼ揃い、瓦屋根と木造の色彩も揃っているので美しく見えます。間口が細分化されたことが却って街並に整然としたリズムを与えて、美観を造っています。
(写真4)

しかし、京都の町家の街並は、個々の商店が申し合わせて同じ規模の狭い間口にしたわではありません。間口の広さに応じて税金を課せられた結果、こうなったのだそうです。税金という公的強制力が美を産んだというのは皮肉なことです。

一部の自治体では景観法などで美観を損なわないよう建物の建設に際して指導していますが、自由な経済活動が許される現在では、大通りに面する建物の形態や色彩を強制するのは難しいようです。

しかし、もともと道路は公共物であり、大通りに面した土地は公共性が求められます。道路の容貌は両側に建ち並ぶ建物の容貌で決まります。ですから道路に面した土地の所有者は、大通りは街の顔だと考えて、街並の美観に配慮する義務があるのではないでしょうか。
(以上)
【2017/08/15 20:37】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
樹陰に涼を求めて美を発見した
1.木の陰-04D 1705qt

2.木の陰-03D 1705qt

3.木の陰-01D 1705q

4.木の陰-02D 1705qt

連日の酷暑を避けるため自然の涼を求めて外出しました。

秋には美しい紅葉に彩られた庭園は、深い緑に埋まっていました。

樹陰を求めて暫し歩みますと、樹林の影絵の中に立っていました。

その影絵は砂利道に敷かれた、芝生のようにも見え、簾のようにも見えました。

影絵を踏んで進むのをやめて、暫しそれを眺めていますと、それは樹木が描くシルエット・アートでした。

涼しさを求めて自然の美を発見した瞬間でした。
(以上)


註:写真は東京の東久留米柳窪にある、国の登録有形文化財「顧想園」の寸景です。

【2017/08/01 12:11】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
菜の花の咲く都会の夕暮れ時
1.弁慶濠-19D 1704qt

2.弁慶濠-21D 1704qt

3.弁慶濠-25D 1704qt

菜の花や 月は東に 日は西に

この俳句は蕪村が神戸六甲山脈の摩耶山を訪れたときのものです。
見渡す限りの菜の花畑が山陵に広がる情景を描いています。

菜の花や 摩耶を下れば 日の暮るる

これも蕪村の俳句で、広大な夕暮れ時の菜の花畑を見た感動を抱いたまま摩耶山を降りてきて、ほっとしたところです。

ここに掲げる三枚の写真は、東京は皇居の弁慶濠の北端の土手の上から眺めた赤坂付近の夕景です。

蕪村が感動した菜の花畑には遠く及びませんが、夕暮れ時の都会の灯りを背景とした菜の花の群生風景も美しいものです。

お濠の土手の菜の花の群生は、高層ビルの灯りと、その灯りが濠の水面に反映する煌めきとを背景にして、薄暮の空の下で不思議に明るく見えます。

いま、摩耶山から瀬戸内海を眺めると、神戸と大阪の夜景が美しく見えます。
摩耶山からの夜景は、北海道の函館山からの夜景、長崎県の稲佐山からの夜景と並んで日本の三大夜景の一つと言われています。

蕪村が今に生きていて、夕暮れ時の摩耶山から菜の花畑を眺めたら、どんな俳句を詠んだでしょうか。
(以上)
【2017/05/14 17:27】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
お濠の桜は散って又咲く
1.皇居の花見:千鳥ヶ淵-71D 1704q

2.皇居の花見:千鳥ヶ淵-73D 1704qt

3.皇居の花見:千鳥ヶ淵-74D 1704q

4.皇居の花見:千鳥ヶ淵-76D 1704q

花は散ったらお仕舞いですが、お濠の桜は散って水面に花を咲かせます。
散った後に咲く花は、お濠の水面をキャンバスにして繪を描きます。

風に吹かれた花びらはハラハラと水面に落ちます。
水面に落ちた花びらは波に押されて流されます。
吹き寄せられた花びらは吹き溜まりに集まります。
吹き散らされた花びらは四散して方々に広がります。
桜の花びらは絵筆のタッチのように軽やかです。

お濠の水面は真っ白なキャンバスとは違います。
岸辺の水面は木陰で静かに暗くしずみます。
真ん中の水面は空の雲を映して白く明るくなります。
模様のあるキャンバスに桜の花びらは繪を描きます。
その中に一際輝いて光り輝く水面があります。
残照に映えてキラキラと輝く水面があります。
お濠の繪は完成しました。
(以上)   
【2017/05/01 08:49】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
桜は何故一斉に咲いて一斉に散るのか
1.猪苗代-07P 99r
写真1 福島県猪苗代湖畔 五月節句のころ満開です。
2.三春の花-11P 00t
写真2 福島県三春の滝桜は早咲きの垂れ桜です。四月中旬に満開でした。
3.桜-04Pt
写真3 昨年の新宿御苑の桜は散り始めていました。
4.桜-13P
写真4 散った花びらは路面を白く縁取っていました。

今年も桜の季節が来て、気象庁が開花予想を発表しました。植物のことは農水省が所管しているのに、何故気象庁が桜の開花予想を取り扱うのかと言うと、桜の開花時期は気象条件で決まるからです。

気象庁に続いて民間の気象会社も日本全国の桜の開花予想を発表し始めて、桜の開花前線が日本列島を北上する時期まで予想します。それによると東京地方が南の四国や九州地方と並んで常に最も早い時期に開化するのは不思議なことです。

その理由は、桜の開花を促すのは、気温の平均的な高さではなく、気温が上昇する変化にあるからだそうです。暖かい南の地域では冬の気温が高いため春になって急に暖かくなるわけではありませんが、関東では冬は寒い日が続きますが、お彼岸以降に急に気温が上がるので、桜の花はそれに反応して開化を始めるのだそうです。桜は冬の寒さが厳しいほど、春の目覚めがよくなると言われます。総じて東北地方の桜が鮮やかなのは目覚めが良いからでしょう。
(写真1、2)

次の疑問は、桜は一斉に咲いて一斉に散るのは何故でしょうか。
ここで言う桜は、昔の日本人が愛した山桜ではなく、江戸末期に江戸の染井村で誕生して盛んに栽培された園芸品種のソメイヨシノです。ソメイヨシノはエドヒガン系の桜とオオシマザクラの交配から生まれました。

ソメイヨシノは散り際がよろしいようで、散り始めたら三日くらいで一斉に散り終えてしまいます。ツツジやアジサイのように次から次へと咲く花は、散り際も徐々に枯れ姿をさらして散りますが、ソメイヨシノは咲くのも散るのも素早く一斉です。それも気象条件の同じ地域では全ての桜の木が足並みを揃えて咲き、散るのです。
(写真3、4)

この不思議は、ソメイヨシノと言う木が一本の木を元にして接ぎ木で増やされているからです。同じ遺伝子を持つ人間をクローン人間と言いますが、生物学で使うクローンと言う言葉は本来は挿し木という意味だそうです。百年ほど前に日本からアメリカに送られた桜の苗木は、首都ワシントンのポトマック河畔に植えられて、立派な桜並木になっています。日本産のクローンですから、アメリカでも一斉に咲いて一斉に散っています。
(以上)
【2017/04/07 16:41】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
春の山は薄化粧
1.山の雪化粧-08D 1702q

2.山の雪化粧-13D 1702qtc

3.山の雪化粧-12D 1702q

4.山の雪化粧-02D 1702qt

5.山の雪化粧-10D 1702q

春の雪は気まぐれに訪れる
山の樹木が芽吹く前に
暗い山肌を柔らかく包む

春の雪は美しも儚く
柔らかに全てを包んで
直ぐに消えてしまう

山が淡い雪化粧すると
山上の鉄塔も山腹の電線も
俄に姿を現す

山に抱かれている麓の家々は
山頂に雪が降れば
春でもなお寒い
(以上) 
 
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【2017/03/08 12:55】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
東京タワーと東京スカイツリー 眺望比べ
1.東京スカイツリー天望デッキ:北方-14D 1501q
写真1 スカイツリーの展望台から北方面
2.東京スカイツリー天望デッキ:東南方-01D 1501q
写真2 スカイツリーの展望台から東南方面
3.東京スカイツリー天望デッキ:東南方-04D 1501q
写真3 スカイツリーの展望台から近くを見る(北十間堀が左端に見える)
4.東京スカイツリー天望デッキ:西北方-01D 1501q
写真4 スカイツリーの展望台から近くを見る(隅田川に桜橋が架かる)
5.東側大展望台-01D 1001q
写真5 東京タワーから東方向の足下(増上寺が見える)
6.東側特別展望台-06D 1001q
写真6 東京タワーから東方向には浜松町、豊洲の町
7.南側特別展望台-03D 1001qr
写真7 東京タワーから東南方向には芝浦、レインボーブリッジ、お台場
8.西側特別展望台-02D 1001q
写真8 東京タワーから西方向には六本木ヒルズ

東京スカイツリーが誕生したとき、東京タワーからスカイツリーを見ると言うキャッチ・コピーを考えた人がいました。そうすればスカイツリーが如何に高いかを思い知らされると考えたのでしょう。

しかし、高い塔は下から見ると高いけれども、高い所から見たら高さは相対化されて大したことはないと言うことになります。

それよりも、高い所に登って下界を見た時の景色を比較する方が面白いでしょう。塔の上から地上を見る景色は、低い東京タワーからの方が高いスカイツリーからより優れています。

塔の背丈が高ければ、それだけ遠くが見えて視界が広くて有利になりますが、逆に地上の景色は小さく見えて、スカイツリーから見る下界の景色は立体感に乏しい平板なものになります。それに反して、東京タワーからですと、視界は狭くなりますが、建物の陰影等が見えて、地上の景色に立体感が出てきます。

それでは東京タワーとスカイツリーの展望台に登って見比べて見ましょう。
先ず、日本で 最も高いスカイツリーの展望台からはどう見えるでしょうか。
さすが北方面も東南方面も遠くまで見えますが、全体としてフラットな景色です。足下を見ますと建物や橋は詳細に見えますが、高い上空から見る角度になりますので、三次元というよりも二次元の景色になります。
(写真1、2、3、4)

次に東京タワーの特別展望台に登って見ましょう。
東方向の足下には増上寺があり、東北方向に目を上げると浜松町から豊洲にかけての超高層ビル群が見えます。東南方向には芝浦からレインボーブリッジが見えます。更にその先にはお台場が見えます。西方向には六本木ヒルズが独立峰のように見えます。

東京タワーから見る景色は、どちらの方向からの景色も、斜め上から自然に眺める三次元の景色で、自分が鳥になって空を飛びながら地上を見ている気持ちになれます。
(写真5、6、7、8)
(以上)
【2017/02/04 12:54】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
芝公園にあるモミジ谷
1.芝公園:もみじ谷-06D 1612q
写真1
2.芝公園:もみじ谷-02D 1612q
写真2
3.芝公園:もみじ谷-11D 1612q
写真3
4.芝公園:もみじ谷-18D 1612q
写真4
5.芝公園:もみじ谷-36D 1612q
写真5
6.芝公園:もみじ谷-26D 1612q
写真6
7.芝公園:もみじ谷-29D 1612q
写真7

晩秋になるとモミジ狩りに郊外に出かける人は多いですが、都心の芝公園に小さいながら立派なモミジの渓谷があることを知る人は意外に少ないです。

場所は芝公園の北端、東京タワーの台地が崖となって落ちるところに、小さな地下水の流れが露出して谷川となり、崖の斜面に何本ものモミジの木が枝を伸ばしています。

手すりのある崖の路を降りていくと、眼下に樹間から僅かに谷川がキラキラ光るのが見えて、その水面からの光の反射で、モミジの葉は明るい赤に見えました。
(写真1)

ここは常緑樹も茂る崖の、やや薄暗い場所ですから、モミジの紅葉は尚更鮮やかに見えるのです。黒い幹の樹木を背景にして、モミジの紅葉を眺めると赤い葉は引き立って見えます。
(写真2、3)

ミニ渓谷に覆い被さるようにモミジの枝が伸びて、流れの左右に小岩を配した水面に紅葉がその色を映しています。流れの岸辺はモミジの枯れ葉で埋まり、紅葉の季節も盛りを過ぎようとしているようです。
(写真4、5)

まるで箱庭のようなモミジの渓谷を出ると、そこは広場となっていて、ベンチが三つ並んでいましたので、ここが公園だと分かる仕組みになっているのです。振り返ると、一本の大きなモミジが、赤い葉をいっぱいに広げて見送ってくれていました。
(写真6、7)
(以上)

【2016/12/23 21:10】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
モミジ散る朝の庭
初夏に野山を赤く染めるツツジは、燃え上がる情熱を感じさせますが、晩秋に野山を赤く染めるモミジは、燃え尽きる情念の深さを感じさせます。

初冬に入り、時雨に打たれて、木枯らしに吹かれると、情念が燃え尽きたかのようにモミジはその赤い葉を一斉に落とします。。

木枯らしが吹いた翌朝、庭一面にモミジの葉が散っていました。頭上を見上げると、梢の先には明るい秋の青空がありました。

明るくなった庭に目をやると、離れの住まいの前の刈り込まれた植木の上には、散ったモミジの葉が載っていました。初冬の濃緑の植木は赤いアクセントを付けて引き立ちます。離れの窓枠は水色ですから、庭の景色は緑色、水色、赤色の三色の柄模様になっていました。
1.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-13D 1611q

2.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-14D 1611q

藁葺き屋根の主屋へ通じる敷石の小道は、モミジの厚い落ち葉で埋まっています。一夜で主屋への道に赤い絨毯が敷かれました。
3.奥庭(石庭)-08D 1611qr

セレブになった気持ちでモミジの赤絨毯の上を歩みます。じかに赤絨毯を踏むのを憚り、踏み石を拾いながら進みます。しかし、やがて踏み石にも赤絨毯が敷かれて、行き悩みます。
4.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-02D 1611q

そこで立ち止まり、モミジの落ち葉に埋まる敷石を眺めます。敷石は赤い刺繍で縁取りされており、刺繍は敷石の上にも施されています。モミジ葉にすっぽりと隠れてしまった敷石の上を歩くのは憚られ、暫しその美しさに見とれます。
5.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-05D 1611q

6.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-06D 1611q

7.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-04D 1611q

このように地上に散り敷いた紅葉は美しいのですが、モミジの葉がくるくる舞いながら散る姿は、ひときわ悲しみを覚えるようです。

モミジが散るその様子を良寛は俳句に詠みました。
「うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ」と。
その心は、自分は、いいところも、わるいところも、かくさずに見せて死ぬのだと言う意味だそうです。

表と裏を隠さずに落ちたモミジの葉は、地面で混ざり合って、赤い絨毯に濃淡の陰影をつけて、美しさは一層深みを増しました。
8.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-10D 1611q

9.奥庭(石庭):もみじ落ち葉-08D 1611q

ここに掲げた写真は、武蔵野の面影を色濃く残す「顧想園(こそうえん)」の朝の風景です。
顧想園は、東京は東久留米市柳窪にあり、園内には、藁葺き屋根の主屋、離れ、土蔵、薬医門、中雀門など、国の登録有形文化財に登録された建造物があります。
(以上)
【2016/12/02 18:14】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
モミジ狩り
1.紅葉-06D 05

2.紅葉-13P 88t

3.もみじ-25D 1212qt

4.三渓園-36D 0712qc

5.紅葉-03Pt

6.紅葉-04Pt

モミジ狩りという言葉は、昔から使われていましたが無粋な表現です。狩るという言葉は鳥獣を捕まえることですから、鳥獣以外でも莓狩りとか葡萄狩りのように果実を収穫するという意味までは分かりますが、モミジを眺めるだけで狩りというのは誠に不自然な表現です。

しかし、ある語源説に拠りますと、無粋で野蛮な狩猟などはしない貴族達は、野山に入り自然の美を観賞しましたが、それを狩猟に喩えたのだと言います。美を狩ると言う意味にとると、モミジ狩りとは優雅な表現に聞こえてきます。

秋になると、落葉樹は太陽光による葉緑素の光合成を休止します。そうすると、葉緑素の持つ緑色が薄れて、葉に残された糖分が変色して赤くなります。ご存じのようにカエデ科に属する種々のモミジは葉に糖分を沢山蓄えていますから赤くなります。カナダのメープルシロップはサトウカエデの樹液を濃縮した甘味料です。

秋になって葉が黄色くなる木にはイチョウやケヤキがあります。これらの木は糖分が少なく、秋になって葉緑素の生産が休止すると、素地の黄色の色素が表面に現れるのです。葉緑素の生産休止は、同時に木の成長の休止ですから、成長に役立たなくなった葉はエネルギー・ロスを防ぐため木から落ちます。俳句の季語に「黄落(こうらく)」という言葉がありますが、晩秋にイチョウの葉が落ちる様を一言で表現した言葉です。

イチョウに比べて、モミジの葉は枯れても直ぐには落ちません。地面に落ちても色も褪せず形も崩れません。これは糖分のエネルギーのお陰でしょう。

それに、赤いモミジは、自然の野山でも目立ちますが、家屋や工作物の人工物とも調和します。白い障子窓とも、大理石の階段とも相性がよいようです。

枝振りもよく葉も可憐で色に変化のあるモミジを見ていると、山に入って眺めていた貴族達は、やはり小枝を手折って家に持ち帰り、観賞したくなったのでしょう。モミジ狩りは、やはりモミジ狩りでした。
(以上)
【2016/11/16 15:06】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
山岳地方に早くも秋の雲現れる
1.西熱海別荘内:雲-01D 1608qt
写真1
2.西熱海別荘内:雲-13D 1608q
写真2
3.西熱海別荘内:雲-02D 1608q
写真3
4.西熱海別荘内:雲-14D 1608q
写真4
5.西熱海別荘内:雲-18D 1608q
写真5
6.西熱海別荘内:雲-15D 1608q
写真6
7.西熱海別荘内:雲-21D 1608q
写真7
8.西熱海別荘内:雲-06D 1608q
写真8

秋の長雨もようやく終わると、爽やかな秋がやってきます。
しかし、日本の秋は、その前に必ず台風がやってきます。
風水害をもたらす台風は嫌われものです。

しかし台風が来ないと、すがすがしい秋は来ません。
台風は乾いた河川を大量の水で洗い流します。
台風は汚れた空気を強い風で吹き払います。

台風は秋の訪れを清める露払いなのです。
台風が清めた空には、秋の雲が現れます。

秋を告げる白い雲の塊が山陵の上に天高く現れます。、
(写真1)

強い風に乗って一塊の黒い雲が山の向こう側から現れます。
白い雲は吹き散らされて空の彼方へ飛ばされました。
(写真2)

吹き散らされた白い雲は斑点となって空に広がります。
(写真3)

広がった斑点状の雲に向かって上空から強い風が吹き付けます。
すると雲は刷毛で薄く掃いたように広がります。
その部分は綿菓子のように軽やかです。
(写真4、5、6、7)

たなびく雲の中を一羽の鳥が飛んで行きました。
秋空の雲の一瞬のドラマです
(写真8)
(以上)
【2016/10/01 17:44】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
夜の銀座大通りは万華鏡
中央通り:銀座-13D 1608qt

中央通り:銀座-14D 1608qt

中央通り:銀座-16D 1608qt

夜景が美しい街は、日本にも外国にも沢山あります。

ライトアップした建造物や橋梁などを遠くから眺める夜景です。

例えば、函館や香港のように俯瞰して見る光景です。

銀座大通りに超高層ビルはありません。

商店街は切れ目がなく続きます。

道路幅は狭くもなければ広くもありません。

商店街のビルに外付けされた縦看板のネオンは遠くまで並んで見えます。

歩道を歩く人も、車道を運転する人も万華鏡の中を覗くように夜景を楽しめます。

銀座大通りの夜景は外側からではなく、内側から覗く夜景です。

まるで万華鏡を覗くようです。
(以上)
【2016/09/22 10:40】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
街並みに夢がある銀座大通り
1.中央通り:銀座-28-2D 1606qr

2.中央通り:銀座:DAMIANI・SAEGUSAグループ-06D 1607qr

3.中央通り:銀座:DAMIANI・SAEGUSAグループ-09D 1607qt

銀座大通りは日本一の繁華街です。

一丁目から八丁目まで直線の日本一長い繁華街です。

デパートがあり、一戸建ての店舗が並びます。

デパートのファサードは単調ですが、一戸建てのファサードは個性的です。

個性的なダサードは、並び方次第で魅力的になります。

夕方から夜にかけて、より魅力的になります。

お伽の国のような夢のある街並みになります。

(以上)
【2016/09/17 20:37】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ネオン点灯の一瞬で夜の衣替えを終える銀座大通り
1.中央通り:銀座:薄暮光景-13D 1607qt

2.中央通り:銀座-12D 1608qt

3.中央通り:銀座-11D 1608qt

夜の銀座の始まりは、銀座大通りのネオンの点灯が合図です。

ネオンが灯り始める頃、銀座大通りは、人と車の往来が慌ただしくなります。

家路への帰りを急ぐ人、銀座へ出かけてきた人、歩道も車道もみんな急ぎ足です。

宵の雲と月が空に懸かっていても、はやる心で、人々は見向きもしません。

銀座大通りの夜への衣替えは、ほんの一瞬で終わります。
(以上)
【2016/09/01 17:56】 | 風景 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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