写真芸術はグローバリズムの先達か
文化とは民族の個性の表現です。絵画、音楽、文学などに民族的な夫々の個性があり尊重されてきました。

しかし、東西の文化が邂逅し、相互に融合が進んでいくと、嘗ての民族固有の文化の姿は変貌し、その境界線は曖昧になります。

経済のグローバリズムは効率を挙げますが、文化のグローバリズムは均質化をもたらします。均質化というと言い過ぎですが、外見は非常に似てきます。

世界は分化し分裂して発展してきた、即ち種が多様化して進化してきたと言うのに、グローバリズムはその進化に逆行するもののようです。

絵画では抽象画を見ると民族固有の形式を放棄して世界的に比べると似てきます。
音楽でも民族音楽固有の音階は残っていも形式は西洋音楽に合わされていきます。
文学でも使う文字は違いますが表現様式が、例えば俳句と短詞形というように似てきます。

それに対して写真では民族的個性という捉え方は聞きません。写真家の個人またはグループの個性は主張されますが、写真は民族とか国家という個性とは無縁の芸術です。

その理由として、写真は歴史が浅いこともありますが、写真機という道具が同じ機能で一斉に世界に普及したからだとも云えます。民族とか国家とかを越えて、いきなりグロ−バリズムで出発したのが写真芸術でした。
(以上)
【2010/02/08 12:34】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
     拓殖大学デザイン展-02D 1001q
        展覧会場
                 拓殖大学デザイン展-04D 1001q
                   和紙を素材とした履き物
                                拓殖大学デザイン展-05D 1001q
                             桐の木を素材とした部屋の壁


芸術家の作品や商業的な物産などのデザイン展には時々見学に行きますが、勉学中の学生のデザイン展には今まで行ったことがありません。心の何処かで学生達の作品は未熟だからという気持ちがあったのかも知れません。

今回初めて学生が制作した工業デザインを見て、その考えは変わりました。そのデザイン展は、青山通りのスパイラル・ビルで開催されていた拓殖大学工業デザイン学科の卒業展でした。

青山通りはファッションやデザインの本場であり、ここを展覧会の会場としたことでも学生達の意欲の程が分かります。数多くある展示作品の中には、若者の着想らしい意欲的なものがありました。例えば妊婦の服装をファッション化したものなどです。

私が特に注目したのは国産の素材を生かした作品です。和紙で造った履き物、桐の木を素材とした部屋の壁などは日本的な主張が込めらた個性的な作品です。素材としての和紙は丈夫さと温かさで国際的にも注目されているものです。また、桐の素材は日本では箪笥材として昔から知られています。個性的なデザインは日本的なものが原点になると思います。

乗用車でもよく走る車に満足すれば、次には格好良い車を求めるように、実用的な要求が満たされれば、次に来るのは美的センスです。物質的な要求が満たされれば精神的な欲求が前面に出てくるのは自然の成り行きです。

今はデザインの価値が問われる時代になっています。学生達の個性的なデザイン作品を見て、この分野で活躍する日本の若者たちの今後の活躍が楽しみになりました。
(以上)
【2010/02/02 12:17】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
写真のモンタージュは難しい
   1.モンタージュ:桜-07P 93t
   写真1
                    2.赤い傘さしている人-02Pt
                    写真2
                                   3.川越幻影-03PAtc
                                   写真3

二枚以上の写真を重ねて、重ねた元の写真とは別次元の新しい世界を表現する写真をモンタージュ写真と言います。

私はモンタージュと聞くと、古代ギリシャの哲人たちが用いた手法、即ち対立するものが対話することによって新い真理を発見すると言う弁証法を連想します。

弁証法で新しい真理を発見できるか否かは対話者の質に依存しますが、それはモンタージュ写真では「どのような」映像を重ね合わせるかに依存すると言うことです。

俳人狩羽守行氏は俳句の中の「省略と飛躍」を強調しましたが、私は「省略と飛躍」を写真に適用した一例がモンタージュ写真だと思います。俳句では省略と飛躍は表裏の関係にあるようですが、モンタージュ写真では飛躍により大きな役割があると考えます。

モンタージュ写真では、二枚の写真の二つの映像を内容的に関連づけて別のイメージの写真に仕立て上げるのですが、その組み合わせの加減が難しいのです。二つの映像内容が離れすぎて無関係になるほど飛躍しすぎては、見る人に何を意図しているのかを伝えにくくなりますし、僅かな飛躍で二つとも似た内容では意図は分かっても発想の広がりがなくなり、くどいだけの写真になります。

次に、二枚の写真の二つの映像を重ねるにしても、両者の濃淡の付け方、どちらをボカすか、どこをフェイドアウトするかなど、モンタージュの表現手法は複雑です。「何を」重ねるかが決まれば、次に「どのように」重ねるかが重要な課題になります。

モンタージュで濃淡の違う映像を組み合わせるとき、濃い映像は淡い映像を打ち消します。従って濃い映像は淡い映像に重なるように組み合わせると、はっきりと残すことが出来ます。

他方、濃い部分同士を重ねると、元の映像は思わぬ変化を遂げて、偶然による面白さが出現したり、或いは思わぬ失敗に終わります。その変化の成否は試行錯誤で見出すしか方法はありません。

また淡い部分同士の重ね合われば、完成作品に淡い部分を残すことが出来ます。ここでも又、濃い部分同士の重ね合わせの際に生じたような不測の変化が現れます。淡い表現であるだけ、誤魔化しが効かないので難しいところです。

昔の銀塩カメラでは一枚のフィルムに二回シャッターを切る作業でした。記憶と勘を頼りに二回のシャッターを切るのですから、描いたイメージ通りのモンタージュ写真を作り上げるのは難しいものでした。

掲載した写真は、私が銀塩カメラで撮ったモンタージュ写真です。

 写真1では恋人達は桜の花びらと共に水中に沈んでいく様を表現しました。モンタージュ写真のフェイドイン・フェイドアウトの効果を使いました。

 写真2では橋の上の人が網膜に写った映像を池の水面にも見出すという想像上の写真です。現実の風景では橋の向こう側にはツツジの刈り込み庭園はありませんから、池の水面に映り込むことはありません。一種の心理描写をしたつもりです。

 写真3では古風な瓦屋根とモダンなガラス製花瓶を組み合わせて、時代イメージのギャップを用いて、新しいものが古いものの中から生まれて、それを凌駕することを感じられるか試みました。

以上の説明は私の解釈ですが、モンタージュ写真は観る人によって色々の解釈が可能です。ですから、解釈を述べると語るに落ちる危険があるので、ご想像にお任せしますとだけ云っておくべきでした。

今はモンタージュの作業をパソコン上で反復操作しながら結果をみることが出来ますからずっと容易になりました。最新の高級デジカメでは、そのカメラの中でモンタージュ情況を調整できるものも現れています。

普通の写真撮影に厭きたら、モンタージュ写真に挑戦することをお薦めします。
(以上)
【2010/01/27 21:35】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
写真を趣味にする人はボケないと言う話
高齢化社会になり身近にボケ老人の話をよく耳にします。病人の介護は大変ですが、その中で一番困るのは身体壮健にして頭がボケた老人の介護だそうです。

偶々、抗高齢化療養の専門家の話をラジオで聴いておりましたら、物忘れはボケの始まりであり、高齢になって前日の夕食に何を食べたか思い出せない人は、既にボケの危険が迫っているとのことでした。

その専門家は、前日の夕食に何を食べたかを記憶するには言葉でなく映像で記憶する方が効果的だと云っていました。昨夜のお膳には刺身と鯖の味噌煮ときんぴらゴボウが並んでいたな、と映像で覚えると忘れないそうです。

人間の脳は常時働くよう刺激を与え続けないと直ぐさぼり始めます。そして脳をさぼった状態のまま放置するとボケは進行するとのことです。

脳にとって言葉は抽象的ですが映像は具体的です。具体的ものが脳へ刺激的であれば、写真を趣味とする人は、そうでない人よりも日常生活で脳を強く刺激していることになります。

写真撮影に戸外に出かけるときは狩人のような目で辺りを見回します。これからは家の中にいる時も、写真を撮るつもりで生活の茶飯事を見詰めることにします。
手前味噌の話で失礼致しました。
(以上)
【2010/01/21 12:29】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
都市の美醜は住人の美感で決まる
                    写真、愛宕山-03D 03qtc
                    江戸東京博物館展示の写真
                    「愛宕山から見た幕末の江戸」                 


都市は建物が集中するところですが、集中して美しくなる都市と醜くなる都市があります。美しくなる都市は全体の建物の調和が取れていますが、醜くなる都市は混沌としています。

ヨーロッパの都市は総じて美しく感じるのに対し、アジアの都市でが見劣りするのは、その雑然さにあります。それをアジア的カオス(混沌)という人もいます。しかし、アジアの都市でも、昔は整然とした都市はありました。

幕末に来日した西洋人が撮った「愛宕山から見た幕末の江戸」という古い写真を見たとき、江戸の街はなんと美しかったのかと思いました。瓦屋根と白壁の家並みが、高さを揃えて、一定の間隔で、遠くまで連なっているのです。(上の写真)

当時としては江戸は人口規模でヨーロパの首都を凌駕していましたが、その美しさでも彼ら西欧人の首都を圧倒していたのです。彼らは母国への報告に江戸の街が如何に美しいかを伝えています。

西欧の都市で建物が調和しているのは、基本的に使用する建築資材(石材など)が限定しているので、自ずと統一されるのだそうです。そう言えば、江戸の町(写真では武家屋敷)の建築資材(瓦や壁)は限定されているから美しく見えるのでしょう。

それに大名屋敷や武家屋敷は仕来りや慣例があって、それが町の秩序を整えていたのです。しかし、明治の近代化で江戸の美は完全に破壊されました。欧米の文化、文明を受け入れる過程で、在来の建物を壊して新しい建物に無秩序に造り変えたからです。

西欧では既存の都市美を維持するため、地域ごとに建築制限を加えていますが、日本では景観保持の動きは欧米ほど厳しくありません。それは基本的には都市に住む人々の美感の有無に依存します。都市の美観を強く求める人々が多ければ、個々人の勝手気ままな建築を抑える運動がおきるからです。

勿論、日本にも西欧とは違った町の美感を持つ人々はいます。それは京都の町屋通りに見ることができます。伝統のある京都の街区では協同して町を美しく見せようとする美意識が強いのです。

これからは益々建築材料が豊富になり、建築工法が発達します。すると周囲の景観に配慮することなく、自分だけ目立つような建築物が生まれる可能性が高まります。近代都市に住む人々も、京都の町屋の人々のような周囲へ配慮する気持ちを持つよう働きかける運動をしようではありませんか。
(以上)
【2010/01/17 10:41】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真の古典とは何か
文芸作品には古典があります。古代にはギリシャ神話や四書五経があり、近世にはダンテの詩篇やシェイクスピアの戯曲があります。そこには人類の知恵がぎっしり詰まっています。現在でも、私達はそこに立ち返り、そこから多くを学ぶことができます。

警世家山本夏彦氏は云いました。人類の知恵は西洋ではギリシャ哲学、東洋では四書五経ですべて出尽くした、その後の知恵は、それら古典の亜流に過ぎないと。

それでは写真には、立ち返って学ぶ古典はあるでしょうか?
写真機の誕生が19世紀の初めですから、他の芸術、文芸に比べて写真の歴史は浅いです。古典は長い年月の批評に濾過されて生き残った作品ですから、濾過する時間が足りない写真に古典を求めるのは無理かも知れません。

写真の世界では古典に学ぶことが出来ない代わりに、伝統に縛られることなく自由闊達に表現の自由が行われると言う利点があります。しかし、他方では価値のない写真作品が大手を振って自己主張する場合もあります。

芸術でも思想でも古典と称するものには、古典誕生以前に存在した良きものが集約されて凝縮しています。そしてその後には古典を土台として新しい良きものが発展します。そのような観点から、将来の古典になるかも知れない写真作品を残している写真家とは誰でしょうか?

写真は選択の芸術と云われますが、現存の作品の今日的選択はできても、将来の歴史的選択は至難の業です。それでも敢えて私なりに選択基準を述べれば、その写真家以前には存在しなかった写真作品を残し、その後にその追随者を産んだ写真家だと思っています。

具体的名前を上げれば、第一にシュールレアリズム写真のマン・レイです。事実を写す写真に心理を写す可能性を切り開いた作家だと思います。これは写真の世界で初めての革新運動であって、ラズロ・モホリー=ナギなどの追随者を産みました。

第二にアンリ・カルティエ=ブレッソンを挙げたいと思います。彼はカメラだけがなし得る能力をフルに活用した写真作品を多数制作しました。決定的瞬間と称する彼の諸作品は、他の芸術では到底実現できない分野であり、マン・レイとは全く違った意味で、革新的な世界を切り開いたと思います。

その後、写真は活躍の場はフォトジャーナリズムや商業写真にも広がり、社会的重要性は益々高まっていますが、マン・レイの心理的世界とアンリ・カルティエ=ブレッソンの時間的世界を切り開いた業績を抜く写真家は現れていないと思います。
(以上)
【2010/01/10 12:02】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
富士山はフォトジェニック
富士山はフォトジェニックだ(写真うつりが良い)というと、富士山を褒めたことにはならないのです。何故なら、あの女優はフォトジェニックだと言うと、実物は写真ほどではないと言う意味が含まれるからです。

それでも富士山はフォトジェニックです。それは撮影者の腕が悪くても、その腕を上回るような惚れ惚れする富士山が撮れるからです。

ですから専ら富士山を撮影する人が沢山います。彼らは「富士写真家」という専門家ではありませんが、四季を通じて富士山の周りをぐるぐる回って撮影しています。

私は「富士写真家」ではありませんが、過去に撮り溜めた富士山の写真を掲げて正月のご挨拶と致します。

撮影場所は以下の通りですが、古い写真もありますので場所に記憶違いがあるかも知れません。

写真1 芦ノ湖から見た傘雲を被った富士山です。芦ノ湖上の鳥居は箱根神社の一の鳥居です。
写真2 機上からの冬の富士山です。冠雪しているので、くねくねする自動車道もジグザグする登山道も見えます。
写真3 赤い柿の実とツーショットの富士山を伊豆半島の丘上から撮りました。
写真4 丹那盆地に霞たなびく夏の富士山です。
写真5 山中湖側の山から見た秋の夕方の富士山です。朝日なら赤富士になります。
写真6 十国峠付近から見た夕景の富士山です。
写真7 静岡の朝霧高原からみた夜明けの富士山です。
写真8 西伊豆から駿河湾越しにみた冬の富士山です。


1.芦ノ湖-12P 92t
写真1
               2.富士山-01P 96t
               写真2
                              3.富士山と柿-11P 92t
                              写真3
4.富士山-26P 93t
写真4
               5.富士山-25P 93t
               写真5
                               6.富士山-21P 94t
                               写真6
     7.富士山-05P 86t
     写真7
                    8.西伊豆の富士-06D 05
                    写真8
【2010/01/04 12:18】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
感動は省略と飛躍で掴もう
リアリズム文学のモウパッサンは、師フローベルから世の中には二つとして同じものはない、それを書き分けろと教えられて、見たままの情景を繰り返し文章で書きました。ある部屋の情景を数十ページに及ぶ文章で書きました。

写真は物事を記録することにかけては文字より優れています。ある部屋の情景を写真は一枚で描きます。それだけでありません。写真はモウパッサンが描けきれなかった家具などのディテールまで描写します。

しかし、写真は記録することだけが仕事ではありません。写真に対して感動を求める人は、事実を単に説明した写真は、どんなに良く撮れていても評価してくれません。また美しく写っている写真でも、既に何処かでよく見たような写真を見せると「これは観光写真だよ」と言って褒めてはくれません。

それは俳句で先人たちの作品と似た句は、類句と言って評価されないのと似ています。見慣れた風景の中に、今まで人が気付かなかった新しい発見があると、俳句も写真も人は評価してくれます。モウパッサンは全てを書き込むリアリズムで新しい発見をしたのでしょうか。

嘗てテレビで俳人の狩羽守行氏が句作に際して注意すべきこととして次のようなこと云っていました。
「俳句は詩だから、”省略”と”飛躍”が必要である。イメージで俳句を作ると、”省略”と”飛躍”が無くなるので良くない」

私は写真も俳句と同じく「詩」だと思います。森羅万象に対する感動を、五七五の十七文字で捉える代わりに、ワンショットで捉えるのが写真です。

写真では省略はよく行われます。全ての情景を説明的に取り込むことをせず、欠けた部分は写真を見る人の想像に任せる手法です。また時に飛躍も写真に見られます。一見関係のない二つの事象を一枚の写真に取り込んで、別次元の新事実を発見する手法です。

ここで注意すべきは、狩羽守行氏が言うイメージは写真でいうイメージとは違います。「イメージで俳句を作る」とは、「具象を見ることなしに観念で俳句を作る」という意味でしょう。ですから具象が前提であることでも写真と俳句は似ています。想像だけでは写真が撮れないように、俳句も作れないのです。

平凡な情景の中に新しい美を発見するには、省略と飛躍が必要とは名言です。この手法を巧みに使えば、美は至る所で発見できますし、人より多くの感動が得られるでしょう。
(以上)
【2009/12/29 11:26】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
桜は人の見ないときに見てみよう
     樹木-25D 0912q

                     樹木-27D 0912q

                                     樹木-26D 0912q

人は春に花を見て、初夏に新緑を見て、秋に紅葉を見て、木々は美しいと思います。しかし、冬の木々は見向きもされません。常緑樹は渋い色彩で容姿を維持していますから未だ良いですが、落葉樹は枝と幹だけになります。

それでも樹肌が綺麗なら露わになった樹肌を愛でますが、樹肌も樹形も見るところがないソメイヨシノは花が綺麗なだけに哀れです。

でも、それは見方です。年末、市ヶ谷から飯田橋まで外濠堤の桜並木を眺めていたら、こんなに力強い桜を発見しました。

桜の花は風と雨に弱くて、四月にはハラハラさせられますが、冬のソメイヨシノは頑健であり、力の塊です。

一度、冬の桜見物を試してみませんか?
(以上)
【2009/12/23 17:52】 | 発見する | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
決定的瞬間の意味 木村とブレッソンの違い
東京都写真美術館では「東洋と西洋のまなざし」という副題で、スナップの名手、木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソンの大規模な写真展が開かれています。(2009.11.28〜2010.2.7)

今回は、同じく決定的瞬間を求めた二人の写真家の作品を鑑賞しながら、両者の違いを述べてみたいと思います。

写真家木村伊兵衛は初めて渡欧した時(1954)、カルティエ=ブレッソンに会い、大いに共鳴した云います。カルティエ=ブレッソンには「決定的瞬間」という著書がありますが、そこで述べている写真哲学は、撮影対象には最適な構図の決定的瞬間があり、その瞬間を逃さず撮影するのだというものです。

他方、木村伊兵衛も出会いの瞬間を大事にする写真家です。写真家協会会長の田沼武能氏は、ある雑誌で木村伊兵衛の写真哲学と撮影方法を次のように述べていました。

「向こうから”被写体としていいな”と思う人物がやってくる。すると木村は、その人物がどの地点まで来たときに背景がどうなっているか、構図や写角を瞬間的に計算する。そしてシャッターを切る。撮ってもせいぜい二、三枚。すれ違ったらもう終わり。撮り損なっても追いかけてまた撮るというような真似は、絶対にしなかった。まさに瞬間の勝負である。木村の撮影は、傑出した感性と経験に裏打ちされた”居合抜き”のようだった」と。

このように二人の写真家は、写真哲学でも撮影手法でも、大いに似ていますから、今回の写真展は両巨匠の作品を見比べられる貴重な機会です。そして展示作品は、木村伊兵衛91点、カルティエ=ブレッソン62点展示されていますから、数に不足はありません。

先ず、木村伊兵衛の写真で気が付くのは、写す人物の目を強く意識していることです。即ち、主題の人物は木村のカメラを鋭い視線で凝視しているケースが多いことです。「那覇の市場」(作品1、2)「大曲、秋田」(38)、「人民公社、北京」(73)などです。

嘗て、宗教哲学者の中沢新一と動物写真家の岩合光昭が、写真と狩猟の類似点を論じていたことを思い出しました。
そこで中沢はスティル写真家を狩人に喩えて
「カメラマンは、動物を殺ましませんけど、動いていくものを瞬問的にカシャッと止めていく」と述べています。
これに対して、動物写真家の岩合光昭は
「ハンターと写真家の共通点は、どっちも嘘をつけないことですよ」と応えています。

狩人が獲物を射止めようと構えるとき動物の目を見るそうですが、写真家が被写体の人物と目線を合わせるのは、どこか狩人の精神に似ているのです。

田沼武能氏が木村伊兵衛の写真は「居合抜き」のようだったといい、撮り損なっても追いかけてまた撮るというような真似は絶対にしなかったと言うのも、狩人精神の現れでしょう。

しかし、構図の点では、木村はカルティエ=ブレッソンのような厳格さを求めていないようです。例えば「本郷森川町」(13)や浅草寺の仲見世にコウモリ傘を持って現れた永井荷風を撮った「浅草寺境内」(29)などは、構図的に余り整理されておらず、被写体との出会い、間合いを重視した作品です。

次にカルティエ=ブレッソンの写真ですが、流石に構図の取り方が決まっています。その構図は遠近法を駆使した画家の構図のように気持ちよい位に実にしっかりと決まっている写真が多いのです。例えば「マルヌ河畔で、フランス」(18)、「シエナ、イタリア」(5)、「ラクイラ・デーリ・アプルッツィ、イタリア」(40)などです。

しかしながら、これらの写真は特定の場所から俯瞰した写真です。この構図なら予め想定して決めることが出来たとも云えます。想定された構図の中に人物が入ってくるのを待って撮ることも出来ます。必ずしも不意に現れた場面を瞬時に構図を計算しなくても可能です。

しかし、カルティエ=ブレッソンはその構図を瞬時に計算して撮ると主張しているのですから、そう言う写真もあるのでしょう。例えば、大勢の子供達が群れて遊んでいる場面を撮った「マドリード、スペイン」(13)、「セビーリア、スペイン」(14)は、背景のビル壁面の小窓や、崩壊した瓦礫の情況からして、とっさの判断で構図が出来たと思います。

「決定的瞬間」という言葉を絵にしたような写真は「サン・ラザール駅裏、パリ」(8)です。一人の男が水溜まりを飛び越えようとジャンプしたが失敗して、靴先が水溜まりの水面にまさに着水しようとしている場面です。

時間的な決定的瞬間と共に、この写真には構図の面白さがあると云われています。それは三角形、円形、長方形の形が對(つい)となって一枚の写真内に取り込まれていると云うのです。

この全ての要素が、男のジャンプの瞬間に計算されたというなら、正に天才的な写真家のなせる業となります。しかし、或る研究者の話によりますと、カルティエ=ブレッソンは物陰に隠れて、この構図の中に人が飛び込んでくるのを待っていたと云います。

やはりそうでしたかと思ますが、それでも「サン・ラザール駅裏、パリ」の作品の魅力は少しも減じないことに変わりはありません。彼は獲物を狙う優れた狩人に違いはないのですから。
(以上)
【2009/12/16 21:28】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
天然と人工の混交の美
                    石垣-01P

                       石垣-59P 96

天然には天然の美があり、人工には人工の美があります。どちらがより美しいかを問うことは難しいことです。人好きずきというより仕方がありません。

それでも、天然と人工のどちらが美しいかと問う人がいたら、両者の美が混交したケースを示して、これは天然の美か人工の美か反問します。

天然はいくら加工されても天然の性質は残します。人工は全てを人工で押し通すことは出来ません。両者は混交し、融合し、調和します。

ここに示した石積みは、天然の石を巧みに選別し、程よく加工して造られた石積です。二つとも城塞の構築物の一部ですから、戦争のために建造したものです。

創り出そうと意図しない人々よっても美は生まれるし、意図して創り出された美も見出そうとしない人々には見えないのです。

それとも、昔の石工達は、堅牢な城塞を造れと命じられても、知らずに美を創造してしまったのでしょうか?
ドキュメンタリー写真家が知らぬ間に美を求めるようになるように。

私は、ここに美を発見して、嬉しくなり撮影しました。
(以上)
【2009/12/10 20:03】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旅のコレクション展 第三部「異邦へ」
東京都写真美術館で旅のシリーズ展第三部「異邦へ」が開催されていました(2009.9.29〜11.23)。 遅ればせながらその感想を述べてみます。

第一部「東方へ」、第二部「異郷へ」に続く最終編の第三部は「異邦へ」という題名です。「東方へ」「異郷へ」という前二部の題名が作品のくくり方として曖昧であったのに対して、今回の「異邦」は明快です。日本人の写真家が外国に出かけて撮った写真という意味で間違いはなく「異邦」だからです。しかし、それは「場所の異邦」に止まらず、「心の異邦」にまで及ぶのかどうかも興味あるところでした。

作家18人、作品165点という大規模な写真展であり、東京都写真美術館所蔵の作品から選んだと云います。作品の撮影年も1931年から1994年と60余年に亘るので、海外撮影を試みない写真家は少ないですから、戦前戦後の有名な写真家を殆ど網羅した作品展ということになります。

作家の展示数を平均すれば一人9点ですが、美術館の所蔵数などに多寡があるので、展示数は作家によりかなりばらつきがあります。しかし、これだけ多くの日本の一流作家の写真をいちどきに比較鑑賞出来るのは滅多にないことで大変有り難いことでした。

それにしても作家数が余りに多いので、ここでは私が展示場を一回りした後、もう一度戻って見直した作家の作品に限って感想を述べることにします。

先ず、木村伊兵衛が1954〜55年にギリシャ、ドイツ、フランスで撮ったスナップ写真です。このとき木村伊兵衛はカルティエ・ブレッソンに会っていますからから、スナップ写真なら自分にもこのように撮れるぞ、という意気込みで撮ったのでしょう。

ロンドンの銀行街で撮った、こうもり傘を持った紳士が足早に駆け抜ける様の写真(展示番号19、以下同じ)などダイナミクで印象的です。その木村伊兵衛がパリのコンコルド広場の夕景を撮った写真(13)は、遠景のエッフェル塔と中景のビル群と近景の人物のシルエットがモンタージュされて、ムード写真も得意なところを見せます。

次に、渡辺義雄のヨーロパでの写真です。建築物の構成美を引き出すことにかけて第一人者の渡辺義雄は、人物まで構成美の中に取り込んでしまいます。数人の人が降り行く螺旋階段を俯瞰して撮ったヴァチカン市国(33)がそれです。また、フィレンツェの美術館で彫刻像を見上げる男女(28)を上方から撮影した写真は、建築物撮影のときのアングルを思わせます。

そうかと思うと街のスナップ写真までも構造的です。二本の街路に挟まれた街区を背景に老婆と走る自動車撮った写真(29)は、予め構図を想定してチャンスを待っていたのでしょう。とっさに撮れるものではありません。ミラノ(34)、サルディーニア(39)も画面構成が意識されたスナップ写真です。渡辺義雄は建築物の場合だけでなく、常に構成美を追究する写真家だと思います。

最後に、奈良原一高の「消滅した時間」ですが、今回の展示作品の中で他の作品にない異質なものを感じました。異邦という「場所」を表現するのに「時間」という次元で応えているところが異質なる所以です。

展示された「消滅した時間」の写真は、いずれも1970〜71年にアメリカ大陸で撮られた写真です。確かに写っている風景はアメリカですが、これらの作品にとって場所はどこでもいいし、対象物は何でもいいのです。

全く関係のない二つのもの、即ち岩に刻まれた矢印とそらの積乱雲を組み合わせて運命を想像させる写真「刻まれた矢印」(71)、自動車の上の一片の雪で車の来し方を想像させる写真「ロッキー残雪」(73)などは、一部を示したり、又は隠したりして、その背後にある世界を描こうとしています。

人は奈良原一高の「消滅した時間」を超現実主義の作品だと云いますが、近代写真の始祖のマン・レイの作品「アングルのヴァイオリン」のシュルリアリズムとも違うように思います。

それは現実から時間を抜き去ったとき、そこに事実とは異次元の世界が暗示されると云う類のものです。暗示が成功するためには、被写体は何処でも、何でもよい訳ではありません。奈良原はアメリカという異邦でそれを発見したのでしょう。

最後に一点だけ「静止した時間」の「ヴェネツィア」が展示されていました。
「静止した時間」は「消滅した時間」より7年程前に撮影された写真集ですが、奈良原は写真における時間の要素が重要なことを既に意識していたことを示しています。

この「ヴェネツィア」(72)は、戸口に通じる狭い道路上に、空飛ぶ5羽の鳥の影が写っている写真です。鳥の影は一列になってこちらに向かって飛んできます。それは突き当たりの家の扉が開いたとき、そこから飛び出してきたようです。その扉の上には男の顔の像が載っています。男は鳥たちを見送っているかのようです。(下に掲げたパンフレットの写真)

スーザン・ソンタグはその著書「写真論」の中で「写真を撮ることは、存在の瞬間を薄切りにして凍らせることだ」と云っています。奈良原が薄切りにして凍らせたこの場面は、そのとき静止したのです。

同じ著書でソンタグは云います。「写真は絵画と同じく、世界についての一つの解釈である」と。それでは、この静止した時間が意味するものは何でしょう。拘束からの解放、解放の喜び、解放者の慈悲等々、それは鑑賞する人にお任せします。
(以上)


                       パンフレット:写真展旅異邦へ第三部-02D 0911qt
                       奈良原一高「ヴェネツィア」

【2009/12/03 22:30】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
戦後社会と写真表現 松本徳彦氏の講演を聞いて
先月(平成21年10月)、新宿歴史博物館で写真家松本徳彦氏の講演を聞く機会がありました。演題は「戦後社会と写真表現を辿る」ということで、「日本現代写真史(1945〜1970)」を教材にしたものでした。日本の作家の作品をスライドで提示しながら、戦後の写真表現の歴史を具体的に分かり易く聴くことが出来ました。

スライドで見る写真は、戦争末期の防空壕生活から敗戦直後の厳しい日常生活、焦土と化した東京の街、原爆投下で壊滅した広島と長崎、戦後の復興期の逞しい人々の生活、経済成長を達成して変わる日本社会などでした。写真家達は、こんなにも沢山の現実を映像として保存してくれていたのかと、驚きもし感心もしました。

現実を直視するこのような写真がある一方、他方では造形美を表現する数々の写真が同じ時代に撮られていたことも知りました。それは、写真家が抱くイメージを風景や人物で構成して、そこに美を創造して見せる写真です。写真にはこのような可能性があるのだということも理解しました。

写真表現には、リアリズムと造形美の二つがあると云うことですが、リアリズムを求めて美に至る場合もあるし、美を表現しながら厳しい現実を語る写真もあります。

教材として示された写真が撮られたのは、敗戦後から高度成長が終わるまでの日本の社会ですから、同時代を生きてきた私にとっては、過去の現実を記録した写真には忘れられないものが幾つかありました。

防空壕生活の場面を撮った写真は、サイレンが鳴ると庭先の穴蔵に潜ったことを思い出させます。焦土と化した東京の街を撮った何枚かの写真を見て、昭和20年5月24日の空襲で廃墟となった我が家をみたときを思い出しました。回想を刺激する写真の力は、文章で表現するよりも直感的でもあり包括的でもあります。

また、政治社会の報道写真では、当時は政治プロセスの一場面に過ぎなかったものが、今振り返ると感慨深い瞬間の写真だと思うことがあります。それは鳩山一郎元首相が病気で辞任するときの一枚の報道写真でした。

渋い顔で立ち去る鳩山首相を、岸信介、前尾繁三郎、田中角栄など当時の重要政治家が並んで見送っている場面です。自由民主党と社会党が対峙した1955年体制は、第二次鳩山内閣の頃スタートしましたから、この写真に写っている政治家達は、その後、半世紀余り日本の政治を担う人々となりました。

この一枚のドキュメンタリー写真は、戦後政治史の一断面を切り取ったものとも云えます。映像は文字よりも多くのことを語ります。それがドキュメンタリー写真の凄さなのでしょう。

今回の講演は1945〜1970年の写真表現ですから、25年間を通して多くの作家の作品を纏めて知ることが出来て、写真が持っている力を理解するのに大いに役立ちました。現在の写真を知るには、何事も広い範囲で昔のものまで知ることが大事なことが分かりました。
(以上)
【2009/11/27 10:05】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真展「アフリカ」を見て
いま東京都写真美術館でセバスチャン・サルガドの写真展「アフリカ」が開催されています。(2009.10.24〜12.13)

写真展会場に入ると、次から次へと大画面のカラー写真でアフリカの様々な現状が、これでもかこれでもかと迫ってきます。これ程強烈な迫力のある写真展を最近見たことがありません。

サルガドは経済学者から報道写真家になった変わり種ですが、それだけにアフリカ社会が持つ病弊への関心が強く、また着眼点も鋭いのです。この作品展も彼がいま挑戦中の最大のプロジェクト「GENESIS(起源)」の作品群から選んだ100点を展示したものです。

戦争と饑餓に苦しむ人々の大画面の写真の前に立つと、アフリカ(主としてザンビア)が直面している悲惨さに、観客の心は占領されてしまいます。写真の殆どは、その悲惨さを正面から見据えたもので、斜に構えたり思わせぶりの写真はありません。

写真の持つリアリズムというのはこれ程までに厳しいのか、と立ちすくみます。言葉では表現できない様を「筆舌に尽くし難し」と云いますが、これらの写真は正に文章や言葉では表現しようもありません。

報道写真というと兎角告発型やセンセーショナルな写真になるのですが、サルガドの写真は事実を事実として克明に描写するだけです。それでいて、画面構成が美的にも優れているので、写真を通して厳しい現実を見る人に与える印象が尚のこと強いのです。

例えば展示会場で配られた解説ペーパー(下に掲載)に載っている写真をご覧になれば分かるように牛の巨大な二本の角は、左端の人が立てている二本の棒に対応して画面にリズムを持たせています。

このようにサルガドが単なるドキュメンタリー写真家でないことは、展示された写真の中に砂漠の美しさを捉えた数枚の写真を見れば良く分かります。厳しいアフリカの撮影現場にいても、砂丘と太陽光が造り出す造形美を見逃さないのです。

見終わってからも、興奮がさめやらぬ写真展です。
(以上)

                         パンフレット:写真展アフリカ-01D 0911qc
【2009/11/20 20:19】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
波のリズムは複雑で繊細
1.冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 葛飾北斎 q
写真1
               2.浜の模様-01D 0909q
               写真2
                              3.浜の模様-02D 0909q
                              写真3

葛飾北斎の冨嶽三十六景の中の一枚、「神奈川沖浪裏」の描写をよく見ると、大波の先端は大波と相似形の小波が沢山描かれています。これは北斎の自然観察眼の精緻さを示している例です。(写真1)

波は風が作った水のリズムですが、そのリズムは波の外面だけではなく、内面にも生じており、波のリズムは波の大小に関わりなく同じなので、自己相似形が形成されていることを北斎は見抜いたのです。

戦後、数学者ブノワ・マンデルブロが考案したフラクタル幾何学は、図形の全体とその部分とが自己相似形になっていることに着眼して、単純に見えるものの内に実は複雑さを抱えており、複雑に見えるものも本質は単純であることを説きましたが、北斎は江戸時代に既にその手法で大波の謎を描いて見せたとも云えます。

湾や入江の静かな浜辺を歩いていると、潮の退いた砂浜の上に細かな波の紋様を見ることがあります。それは、静かに寄せては返す細波(さざなみ)のリズムの足跡です。足跡の一つ一つは似た形ですが、よく観察すると微妙な変化を伴った足跡です。

寄せる波も返す波も、浅瀬になると浜の底からの反動で波形が変わり一律ではなくなります。その波の力が浜の底の砂や土を押上げたり削ったりします。潮が退いた後に砂浜に残る軌跡は、細波の複雑な運動の足跡なのです。それが時には大きく変形することもあります。

教育哲学者として有名な J.デュウイーはその著書「経験としての芸術」で美的秩序を次のように説明しています。
「律動(rhythm)は常に変差(variation)を伴っている。なぜなら律動とは力(energy)が秩序立った変差を以って現われたものだからである。この変差は秩序と同様に重要であるばかりでなく、美的秩序に必ず件う不可欠の要素である。秩序が維持されている眼り、変差が大きければ大きいほどその結果は面白い」と。

写真2と3は東京湾の内奥の葛西海浜公園で見つけた海砂の紋様です。波の律動は微妙な変化を伴いながらも足跡に秩序を維持しています(写真2)。しかし、場合によっては細波の律動が足跡の形を大きく変えることもあります(写真3)。

葛飾北斎が見た波の律動は複雑で力強いものですが、浜の細波の律動は複雑で繊細です。北斎は動いている水の状態で見届けましたが、私は砂浜にプリントされた状態で発見しました。
(以上)
【2009/11/14 12:59】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
風雪は風格の親
1.上野動物園-15D 0910qtc
写真1
                  2.樹木-33D 0805q
                  写真2
                                     4.街並み-11P 98h
                                     写真3

風雪に耐えて生き抜いた老人の顔にはある種の風格があります。時にはそれが威厳を高めることにもなります。

人間だけではありません。長寿の動物の顔や体に風格が備わるのは風雪に鍛えられたお陰です。(写真1)

動物だけでもありません。植物もまた然りです。樹種により異なりますが、大木の木肌に刻まれた味深い紋様は風雪の作品なのです。(写真2)

風雪は生きとし生けるものに試練を与え、その試練を乗り越える過程で皺や色彩や紋様を刻印するのです。

動植物だけでもありません。建物など建造物でも古いものほど風格があります。木造、石造いずれも年月を経たものは味わいがあります。
(写真3)

写真を撮っていると、新しいものより古いものにカメラを向けるのは、風雪に耐えたものには風格があるからです。そして風格のあるものは不思議な魅力を発するからです。
(以上)
【2009/11/08 11:27】 | デザインする | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
心の眼 稲越功一の写真
東京都写真美術館で「心の眼」といテーマで稲越功一の写真展が開かれていました。(2009.8.20〜10.2)
写真展を見てから少し時間が経ちましたが、私が生きてきた同時代の身近な場所が撮られているので、感想を書き留めてみました。

写真家稲越功一は広告写真家、肖像写真家として有名ですが、今回はテーマ「心の眼」にあるように、商業用ではなく自分自身のために心の眼で撮影した写真展です。

本人は惜しくも今年春他界しましたが、個展の準備は本人が丹念に進めていたとのことで、この個展は文字通り「心の眼」を伝える遺展となりました。

作品は制作年代順に展示されており、「Maybe,maybe」「meet again」「記憶都市」「Ailleurs」「Out of Season」「未だ見ぬ中国」「芭蕉景」の中から124点が選ばれています。

「Maybe,maybe」は1971年のアメリカ社会を撮影したものです。その頃のアメリカは、ベトナム戦争に疲れて国民は苦しんでいた時代であり、社会全般に焦りと無気力が広まっていました。

中でも孤独で寂しいアメリカ人を捉えた作品14、19、25、30は、写真家稲越が早い時期からシリアス写真に並々ならぬ意欲を以て取り組んでいたことを示します。

「meet again」はボケを使ったイメージを描いた写真ですが、正直のところ私にはよく分かりませんでした。

それに対して、「記憶都市」は1987年(昭和62年)の東京という都市の、何気ない風景を記録した写真ですが、当時の私の記憶を鮮明に呼び起こしてくれる作品です。

この年は丁度バブルが発生した年です。その後1990年代の始めにかけて土地と株の急上昇が始まり、地上げ屋が横行し、それまでの都市の形が大きく変わる直前でした。「記憶都市」に撮られた東京は数年後には消えて無くなりました。

森下町(作品47)、代々木(同48)、千住(同53)、向島(同80)の木造古屋や裏露地のような景色を今は見るのが珍しくなりました。向島3丁目(同55、63)の工場煙突、足立新田(同69)、吾妻橋付近(同70)の町工場は市街地から追出されました。他方、大久保(同51)には早くも新宿西口の高層ビル群が見えています。

失われた都市の記憶を、これ程多く撮り留めた写真集は珍しいです。神社仏閣のように公的でハレの舞台となる施設や建物は容易に消えませんが、日常の平凡な民家や露地は、時代の流れと共に消え去ります。写真家稲越は、うつろい易い平凡な風景の中に保存すべき歴史を発見することに鋭い感性を持っていたと思います。

「Ailleurs」と「Out of Season」は、写真家が1993年に世界各地を旅したとき目にしたの光景です。「未だ見ぬ中国」と「芭蕉景」は2008〜2009年の写真です。写真家は晩年には風景写真をカラーで撮っています。まだまだ「心の眼」で撮りたい光景が海外に沢山あったと思います。

歴史に残すべき光景を、現在の光景の中から発見することは難しいことですが、稲越功一は「記憶都市」で見事にそれを成し遂げていると思いました。
(以上)
【2009/11/02 14:41】 | 写真展 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
複数の視点で撮った写真
     1.春雨庵:上山-14D 0811qtc
     写真1 上山温泉 春雨庵にて
                              2.プラダ-05D 0901q
                              写真2 東京銀座 中央通にて

画家は、見たままの形を写生するのではなく、存在するものの内に潜む実体を引き出して描こうとします。机の引出は drawer と云いますが、英語で絵のことも drawing と云うのは、絵を描くのは引出す作業であるからです。

フェルメールの風景画「デルフトの眺望」は、複数の視点で見えた風景を合成した絵と云われています。あのようなデルフトの街は、何処からデルフトを見てもあり得ないといいます。

セザンヌの静物「りんごとオレンジ」も又、いくつもの視点から眺めた静物を平面のキャンバスに並べ替えて一枚の絵にしたものと云われています。そうすることによって二次元のキャンバスは三次元にも四次元にも見えてきます。

ピカソの「アビニヨンの娘たち」はアフリカ彫刻からヒントを得て描いたと云われますが、洞窟に描かれた太古の絵は抽象画であったと云いますから、アフリカ彫刻は抽象的であったのでしょう。ピカソのキュビズム絵画も、異なった視点を複合して対象の内実を引き出す手法を採っています。

西洋絵画では遠近法の支配が長く続きました。その支配から脱出したのは後期印象派の頃と云われています。画家達の目は一点に固定せず、対象を把握しようとすれば、前後、左右、上下に動かざるを得ません。そうして複数の視点で捉えた映像を一枚のキャンバスに描くとフェルメール、セザンヌ、ピカソの絵になったと言うわけです。

それでは、写真で複数の視点をもつ映像を撮ることはできるでしょうか?
ワンショットでは一つの視点の映像しか生まれませんが、シュルレアリスム写真の元祖、マン・レイは「アングルのヴァイオリン」という合成写真で、被写体(女体)をヴァイオリンに見せる分かりやすい例を示しました。

一枚のフィルムに複数回のシャッターを切ることによって写真映像の合成は出来ます。これをモンタージュ写真と言います。そんなことをしなくても、パソコンを使えば撮影済みの複数の写真映像を重ねて合成することは今や簡単にできるようになりました。

しかし、考えてみると重要なことは複数の視点という方法を採用することではなくて、完成した合成写真が単なる外観の描写ではなく、写真映像の内奥に潜む「美しさ」とか「不思議さ」を捉えているか否かではないでしょうか? 一つの視点の写真、即ち普通のワンショット写真でもそれが可能だと思っています。

ここに掲げた二枚の写真は、それぞれワンショットの一枚の写真です。写真1は陰陽の組合わせで「美しさ」を、写真2は真昼の夜で「不思議さ」を撮ったつもりです。
(以上)
【2009/10/27 22:19】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
写真展 北島敬三
東京都写真美術館で北島敬三写真展が開かれていました。(2009.8.29〜10.18)

ストリートスナップの名手である北島敬三氏は、1975〜1991の間、世界を舞台に撮影を続け、作品集「KOZA(沖縄)」「東京」「NEW YORK」「東欧」「U.S.S.R.」と次々と話題作を発表してきました。今回はこれらの作品から190点を抜粋した写真展でした。

東京都写真美術館によれば、写真家北島はこれらの写真を単なる回顧としてではなく、「現在の写真」として私達の知覚回路に接続させようと企図していると解説しています。即ち、これらの数々のスナップショットは、報道や芸術というジャンルを越えた現代へのメッセージだと云うのです。

先に、私は写真家は歴史家の眼をもたねばならぬと書いたばかりです。この写真展の意図は私の写真への理解と一致しますが、果たしてそれを実現しているかと言う目で鑑賞した感想を述べてみます。

最初に展示されていたのは作品「東京」でした。写真の濃淡を強調した力強い写真ですが、被写体の歴史的意味を問う前に、造形的意味を前面に押し出した写真です。歴史のメッセージというより、芸術性を訴える作品に見えました。

次に、作品集「コザ/KOZA」ですが、ヴェトナム戦争の頃の沖縄の人々の情況を象徴的場面で捉えた写真です。後に写真家は、ストリートスナップからポートレート写真に転向しますが、これらは被写体がみんなカメラを意識していて、スナップでありながらポートレート写真の性質を色濃く反映しています。ということは断片的事実は写されているが、歴史的現実を伝えるには不足します。

第三番目の「NEW YORK」についても「コザ/KOZA」と同じ感想を持ちました。80年代初頭のアメリカ社会の断面を捉えて写真ですが、これだけで歴史的メッセージを伝えるとはとても云えません。被写体を人物に偏重する撮影の仕方に限界があると思います。

第四番目は「東欧」の作品です。ソ連のゴルバチョフがペレストロイカ政策で共産圏の自由化を始めたのは1985年で。写真家はそれより前の東欧を旅してプラハ、ブダペスト、ワルシャワ、ブカレストで秀逸なスナップショットを放っています。

例えば、都会の街中を撮った「プラハ(120)」は、ビルの壁面も路面電車の軌道も、疲弊した当時の経済状況を窺わせます。兵士とおぼしき二人の男が放心したように高所から川を眺めている「ブダペスト(141)」は、沈滞した社会の一面を捉えています。

人物をクローズアップした写真でも目線をカメラに向けているのは少なく、道行く人々の貧しい服装と表情を見ることが出来ます。そこには「コザ/KOZA」や「NEW YORK」とは違ったリアリティがあります。

最後は作品「U.S.S.R.」です。写真展の解説書によると、これらの写真はソ連崩壊の直前に撮影されながら、1991年には発表せず、2007年の展覧会で初めて公開されたとの説明がありました。

そして、その時の評価が「常に時間と場所に思いをめぐらし、写真と記憶の関係性について考えてきた作者の貴重な作品の誕生」と高い評価が与えられた述べています。

しかし、私にはこの解説は殆ど理解不能です。歴史的な目で写真を評価するのに、撮影時点から発表時点を遅らせることに意味はありません。写真は撮られてから時間の推移と共に意味内容は変化し続けます。突然公表したら評価が高まったということはないのです。

次に、写真の報道性という観点から云ったら、ソ連の崩壊という大事件が起きたときこそ一刻も早く事前に観察した事実を公表すべきだったでしょう。

それにしても「U.S.S.R.」の写真を見ると、平凡な記念撮影的な写真が多く、発表を急ぐ報道的な意味合いは少なく、また写真と記憶の関係性を深く考えさせるものでもありませんでした。
(以上)
【2009/10/22 07:50】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
足音を写真に撮れば
                    猫-05D 0909q

これは猫を撮影した写真ではなくて、近づく人の足音を撮影したものですと説明しても、やはり猫を写したのだろうと云われてしまいます。スチル写真で音を撮影することは、大変難しいものです。

しかし、日常生活では人は視覚と聴覚を同時に働かせて生きていますから、音声を写せないスチル写真にも、密かに音が入り込む隙間があります。音が姿を変えて映像に忍び込むのです。

この写真では、住宅地の小径にのんびり横たわる猫が、ピンと耳を立てて振り返っています。近づく人の足音を聞いたからです。直ぐ近くに忍び寄る人の靴の先が見えます。

撮影者が音を映像に捉えた思っても、写真を見る人がそうと気づかないこともあります。音は、正面切って現れるものではなく、姿を変えて密かに画面に現れるからです。そのような音は、写真の鑑賞者によって初めて発見されるものかも知れません。
(以上)
【2009/10/17 11:24】 | 写真論 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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